ENG JPN

リョウコ2000 interview

HARDCORE WILL NEVER DIE

 

 

2019年は「FREE RAVE」、「ADM1317」、WWWのニューイヤーパーティー「INTO THE 2020」、AVYSSの一周年記念パーティーなど、様々なパーティーに出演し、フロアに熱狂と混沌をもたらしたピアノ男とnoripiによる高速変造RAVEユニット”リョウコ2000″。TohjiとgummyboyらによるMall Boyzの楽曲「Mallin’」のリミックスも話題になり、今年1月には待望のデビューEP『Parasitic Dominator』を〈Maltine Records〉からリリース。そんなリョウコ2000の2人に、過去の個人活動からリョウコ2000結成経緯、さらにデビューEPについてメールインタビューを行なった。

 

 

リョウコ2000の活動がスタートする以前から2人はそれぞれ個人で活動してますが、どのような活動を行なっていたんでしょうか?

 

ピアノ男:中学生の頃はニコニコ動画でMAD動画を作っていました。その流れで、ナードコアテクノという日本発のムーヴメントをベースに、いわゆる「ネタモノ」と呼ばれてしまうようなガバ・ジャングル・トランスなどを作り、ライブをして、別名義でガバより極端に高速な「スピードコア」のレーベルに所属して曲をリリースしたり、徒党を組んでインドネシアの高速ダンスミュージック「FUNKOT」の制作・DJもしてきました。触れてきたジャンルがジャンルだけに、学校には音楽の趣味が合う人が全くいなかったので、宣教師のノリでクラブだけではなくライブハウスやスーパーの駐車場でもライブをしてきました。

 

noripi:一番最初は高校生くらいの時に「epepe」と言う名前でノイズをやってました。クリスチャンマークレーが大好きでレコードプレイヤーをギターみたいに背負ってノイズを搔き鳴らしたり、箸にコンタクトマイク付けてその音にエフェクトかけてご飯を食べる。みたいな足立智美さんに影響受けたインスタレーション的な事とか毎回ライブ内容を変えて地元の青森のライブハウスでやってたんですけど、ほとんど地元の人に相手にされてませんでしたね…。もう一つの今はもう色々事情があって使用できなくなった名義の方は、2015年の秋くらいに当時epepeの活動が若干マンネリ化してて、何か新しい事を始めようと思って始めたのが色々事情があって使用できなくなった名義ですね。あとその当時onomatopeeeさんみたいなスカム的なブレイクコア、ハードコアな人があんまり最近見かけないなと思っていて、今またやり始めたら面白いんじゃないかと思ったのがキッカケで始めました。その後noripiに名義が変わります

 

2人の音楽的ルーツについて聞きたいのですが、例えばnoripiだとハードコアやノイズに精通していますよね。

 

ピアノ男:MAD動画やおもしろフラッシュが好きだったので、そこで使われていた音楽から広がっていきました。MAD動画では音ゲーの曲が使われていることが多く、ガバなどは音ゲー経由で知りました。それから、2009年頃にラジオで知ったのをきっかけにインドネシア・タイ・マレーシア・香港・台湾などアジア各国の土着のダンスミュージックを狂ったように収集するようになりました。出不精ゆえ、まだ現地には行ったことがないのですが…。また、中二病の特性でしょうか、皆が怪訝な顔をしそうなものが好きだったので、日本のスカムミュージックからも強く影響を受けていて、壊れたウクレレを買ったり〈Maltine Records〉に喧嘩を売るネットレーベルを運営したりしてスベっていました。

 

noripi:中学の部活の先輩で音楽に詳しい人がいて、ジョンゾーンが運営してる〈Tzadik Records〉のCDを大量に持ってて、Fred Frithとか巻上公一、Derek Bailey、Marc Ribotとか貸してもらったり、Merzbow、非常階段、暴力温泉芸者、MASONNA(山崎マゾ)とかノイズミュージックを彼から教えてもらいました。彼とは今音信不通なんですけど、それまでバンドにしか興味がなかった自分にインプロ、現代音楽、ジャズとか幅広く教えてくれた大切な人です。この時に教えてもらったものが今の僕の土台になってます。あとは家から自転車で行ける範囲内に古本屋がいくつかあって、今はもう潰れてしまったお店なんですけど、そこにBURST、STUDIO VOICE、宝島、クイックジャパン、鬼畜系、FOOL’S MATE、DOLLとかのカルチャー、音楽誌のバックナンバーが大量にあったのでひたすら立ち読みしては、高校に上がるまで携帯電話とかPCを持ってなかったので最寄り駅にPCレンタルスペースみたいなのがあったので、古本屋で見た面白そうなバンドとかキーワードを検索して視聴するのが日課でした。あと日本のポップスが一番日常的に聴いていて、どうしても年代的に90年代後半から00年代頭にかけてのポップスに聞きがちになってしまいますが、自分のトラックやmixでどうしても拭いきれないナード感はここから来ているものだと思います。

 

2人は出会いや結成に至った経緯はどのような感じでしたか?

 

ピアノ男:2016年ぐらいに初めてクラブイベントで会ったのですが、一回抱擁を交わしただけで特に何も喋らなかったのを覚えてます。その後しばらくは実にくだらないツイートを飛ばし合ってたようです。ネット弁慶ですね。その後、何故だったのかは忘れたのですが、2人でスプリットアルバムを作りまして、その後2人セットでのイベント出演オファーが来まして、どちらも色々良い塩梅に事が運んだので、名前をつけ継続してユニットを続けていく流れになったんだったと思います。

 

noripi:元々僕がファンで一方的に聴いてて、一緒に何かやり始めたのは2018年の春に〈M3〉でスプリットCD(『体験版』)を出すのがキッカケですね。その後、僕が毎年夏にasiaで呼ばれてたイベントがあって、毎年僕と僕が今一緒に出たいDJ、トラックメイカーの人と組んで出演するのが恒例行事になってて、その時はユニット名はなかったんですけど今のリョウコ2000の原型ができた感じですね。イベントの時ピアノ男がめちゃくちゃ楽しそうで終わった後に「なんかめっちゃ泣きそうになった」って言われたのがすごいジーンときたのを覚えてます。あとその年の大晦日のナードコアの夜明けにお互い出演オファーが来てて、もうここで声かけなかったら今後誰ともユニット組んだりすることないだろうなと思ってピアノ男を誘ってリョウコ2000が結成された感じです。

 

リョウコ2000という名前の由来は?

 

noripi:僕が広末涼子が好きなのとピアノ男が米倉涼子が好きなので「リョウコ」で、あとはBUDDHA BRANDの「大怪我3000」とかゲームのシンプル2000シリーズとか団地レコードのユミコ2000などの4桁数字を最後にくっつけるのが縁起が良いかなと思って「リョウコ2000」になりました。イベントに出るギリギリまで名前が決まってなかったので何も案がなかったらguchonさんの案の「キタノ&タケシ」になってたと思います。

 

 

リョウコ2000にガバのイメージを持つ人は多いと思うのですが、結成当初からガバでいこうみたいな感じだったんですか?

 

ピアノ男:二人ともガバは好きだし、特に私はガバばかり作っていたため、ガバの要素が入ることは暗黙に確定していたと考えられます。しかし、初ライブの時からガバ・オンリーではなかったように思います。例えばADM1317でのMIXでは、ガバはほぼ使っていません。むしろ、最近は我々にガバというイメージだけがつくことを塩梅良く避ける術を模索している面があるかもしれません。ガバといったジャンル名で我々をカテゴライズすることは便利な場合が多く、自分も無意識のうちに多用してしまっていると思います。しかし、私もnoripiもガバ以外のバックグラウンドを持っているし、ガバとしての特徴を持った音楽だけをずっと聴いたり演じたりしていたいわけではないです。ガバという区画だけに我々を収容したくはないかもしれませんね。激しいからバテやすいですし。

 

noripi:当初はナードなネタにガバ、ジャングル、レイヴ、ブレイクコアなど混ぜ込んだものをやれたらと思ってやり始めました。個人の時も二人の時もなのですがガバ、ジャングル、ブレイクコア、ハードコアは自分たちのルーツでもあるのでそこから極端に離れる事は無いと思いますが、別にそれをメインにやりたい訳では無いですね。最近はイベントとかでいかにガバから離れた所からガバの流れに持っていく過程に興味がありますね。

 

 

リョウコ2000と個人でのDJは、明確に違うものや意識することはありますか?

 

ピアノ男:自分ひとりの時は、他者のことはあまり考えず、自己の内界に潜ってその時に聴きたい音楽や展開を構築しています。ただ全く他者のことを考えないわけではなく、場に居る人々に突然の戸惑いを与えられたらいいなと思って、”外し”や”崩し”、”ふざけ”のエッセンスを加えるようにも心がけているというか、手癖でそうしています。なぜ戸惑いを与えたいかというと、当時バンドを組んでカッコつけた音楽をやっていた人達やその取り巻きに対する私怨が高校生の時に醸成されて、ああいう奴らをシバいたりたいという思いを未だに心の奥底で持っているからかもしれません。ただバンド全体が嫌いというわけではなく、グラインドコアとかよく聴きますけどね。リョウコ2000のほうでは、リョウコとして表現したいことをなるべく汲み取りつつ、イベントの趣旨・雰囲気にも沿うよう、ふざけを適度に抑制・アレンジしています。つまり、リョウコの時のほうは相対的に社会性があるし他者に対するLOVEがあるかもしれません。しらんけど。

 

noripi:個人の時は自分が今気になる音楽を少しずつ実験的に自分のルーツに織り交ぜつつ、イベントのテーマを見ながらやってる感じです。二人の時はリョウコ2000はピアノ男がキーマンだと勝手に思ってるので、個人で実験的にやってきたものをピアノ男の良さを薄めずにどれだけ織り交ぜて行けるかを考えてやってます。出来ているかは定かですが…。

 

 

昨年はMall BoyzMallin’」のリミックスも話題になり、Mall Boyzのライブでもリミックスが使用されていましたが、フィードバックはどうでしたか?

 

ピアノ男:音楽の趣味嗜好的に意外な人から「リョウコ2000って知り合い?」と聞かれた、という報告をいくらか聞きます。ガバマニアだけじゃなく、潜在的にはガバが好きなはずだけどガバを知らないというような人にもリーチしたいと昔から思っていたので、素直に嬉しいです。

 

noripi:今まで僕たちを絶対知らなかったであろう高校生くらいの子たちが結構聞いていてくれたのが素直に嬉しかったですね。

 

– 今年1月にリリースされたEPParasitic Dominator』はどういった経緯で〈Maltine Records〉からリリースされたんですか?

 

ピアノ男:ふざけた音楽ばかり作っていた自分ですが、攻殻機動隊SACを観たのをきっかけに、シリアスな曲を作りたいという気持ちが湧き、そのことをツイートした時がありました。それを見たtomad氏から「シリアスな感じのを出すならマルチネから出しませんか?」と連絡がきました。丁度その頃、noripiとリョウコ2000オリジナルの曲を作りたいという話をしていたので、リョウコ2000でリリースする流れになりました。なぜそのような連絡がきたのかは分かりません。10年近く前にMaltineイベントに出ていたので、接点はありましたが。Maltineは昔はガバやブレイクコアもリリースしていたのですが、最近はそういったリリースがなかったので、狂いを求めてたんじゃないかと勝手に推測しています。

 

ガバキックへのこだわりが強いとお聞きしたのですが、今回のEPに使用されているキックもご自身で生成されているんですか?

 

ピアノ男:全てピアノ男製です。このEPを作るにあたり、新規性のあるガバを作ることを意識しました。ですが、私は現行のガバよりも90年代のガバが好きです。そこで、90年代のガバに一旦立ち戻ってブランチを切り、90年代のガバの好きな要素を保ちつつ、他の様々な音楽に寄生しながら現代に向かって変化していったガバをイメージしました。そのためには、やはりガバの素材集などに入っている既存のキックではなく、自分で作る必要があると考えたのです。ガバキックの音色にもそれぞれ向き不向きの曲調がありますから。でも、さほどこだわりは強くないです。曲のテクスチャに合えば何でもいいです。

 

– ohianaさんが手がけたジャケットも素晴らしいですが、内容を通してイメージのやり取りも行われたんですか?また、手を繋いでるのはリョウコ20002人という認識でいいですか?

 

noripi:元々が僕が一方的におひアナさんのファンで、個人で何か作品を制作したらおひアナさんにオファーしようと考えてたのですがなかなか機会がなくて、今回のEPのお誘いが来た時に曲の構成よりも真っ先に絶対に〈Maltine records〉でおひアナさんのジャケットが見たい!と思ってジャケット制作をお願いした感じです。ジャケットはEPのデモを聞いてもらいつつ、山塚アイさんと大竹伸朗さんの「ドンケデリコ」のポップだけど凶悪なコラージュ感にメタルロゴを混ぜたら面白いのではないかとなり、このジャケットになった感じです。

 

いつかリョウコ2000がガバをやめる日が来ると思いますか?不安に思いますか?

 

ピアノ男:制作し演じる上では、むしろそのようなカテゴリの柵を取り払って混沌の中に立ち戻り、そのとき表現したい事物や構築したい空気感に合わせて、使用すべき音楽を掘り起こしたいのです。ですが、ガバには我々が好きな要素が多く含まれていることは事実なので、ガバと名乗らずともそのエッセンスは我々のカラーとして残り続けるかもしれません。不安といえば、冬の時代でしょうか。AIVRが熱いブームと冬の時代を繰り返してきたように、ガバも我々自身もそういった時代を繰り返す可能性はあります。事実、ガバも私も冬の時代はありました。その時々の評価や景気なんぞに左右はされないぞ、と考えているつもりですが、それでもどこか自分でも察知しづらい次元に不安が漂い続ける気がします。ただとにかく柔軟に生存して、コアの灯火だけは絶やさないようにしていきたいものです。

 

これまでリョウコ2000の活動を通して印象的だった出来事はありますか?

 

ピアノ男:年越しはいつも実家で家族みんな寝てる中、一人チャットサイトで「あけおめw」とか言ってたので、リョウコ2000の活動で初めて年末年始の渋谷を経験したのですが、人々の元気さに驚きました。あと初日の出後の渋谷のゲボの多さ。もしかしたら渋谷の日常なのかもしれないし、東京に限った話でないかもしれないが、ああいった状態に対して感覚が麻痺してはいけない。

 

noripi:結局その人には会いませんでしたが出番終わりに僕にプレゼントを渡したいと言う謎のおばさんがピアノ男に尋ねてたみたいで無茶苦茶怖かったです。

 

– 2人にとってガバとは。

 

リョウコ2000:HARDCORE WILL NEVER DIE

 

 

リョウコ2000 – Parasitic Dominator

Label : Maltine Records

Release date : 20 January 2020

Artwork : ohiana

Download : http://maltinerecords.cs8.biz/177.html

 

category:FEATURE

tags:

RELATED

FEATURE

2020/03/31

Ill Japonia interview

新しいペルソナ、心の箱庭、ロンドンの現状、変革期の先の進化に向かって
 more

2020/03/24

CVNと玉名ラーメンによる韓国・ソウルツアーの様子を収めたドキュメンタリー映像が公開

ディレクションはHana Watanabeが担当 more

2020/03/23

リョウコ2000 interview

HARDCORE WILL NEVER DIE

 

 

2019年は「FREE RAVE」、「ADM1317」、WWWのニューイヤーパーティー「INTO THE 2020」、AVYSSの一周年記念パーティーなど、様々なパーティーに出演し、フロアに熱狂と混沌をもたらしたピアノ男とnoripiによる高速変造RAVEユニット”リョウコ2000″。TohjiとgummyboyらによるMall Boyzの楽曲「Mallin’」のリミックスも話題になり、今年1月には待望のデビューEP『Parasitic Dominator』を〈Maltine Records〉からリリース。そんなリョウコ2000の2人に、過去の個人活動からリョウコ2000結成経緯、さらにデビューEPについてメールインタビューを行なった。

 

 

リョウコ2000の活動がスタートする以前から2人はそれぞれ個人で活動してますが、どのような活動を行なっていたんでしょうか?

 

ピアノ男:中学生の頃はニコニコ動画でMAD動画を作っていました。その流れで、ナードコアテクノという日本発のムーヴメントをベースに、いわゆる「ネタモノ」と呼ばれてしまうようなガバ・ジャングル・トランスなどを作り、ライブをして、別名義でガバより極端に高速な「スピードコア」のレーベルに所属して曲をリリースしたり、徒党を組んでインドネシアの高速ダンスミュージック「FUNKOT」の制作・DJもしてきました。触れてきたジャンルがジャンルだけに、学校には音楽の趣味が合う人が全くいなかったので、宣教師のノリでクラブだけではなくライブハウスやスーパーの駐車場でもライブをしてきました。

 

noripi:一番最初は高校生くらいの時に「epepe」と言う名前でノイズをやってました。クリスチャンマークレーが大好きでレコードプレイヤーをギターみたいに背負ってノイズを搔き鳴らしたり、箸にコンタクトマイク付けてその音にエフェクトかけてご飯を食べる。みたいな足立智美さんに影響受けたインスタレーション的な事とか毎回ライブ内容を変えて地元の青森のライブハウスでやってたんですけど、ほとんど地元の人に相手にされてませんでしたね…。もう一つの今はもう色々事情があって使用できなくなった名義の方は、2015年の秋くらいに当時epepeの活動が若干マンネリ化してて、何か新しい事を始めようと思って始めたのが色々事情があって使用できなくなった名義ですね。あとその当時onomatopeeeさんみたいなスカム的なブレイクコア、ハードコアな人があんまり最近見かけないなと思っていて、今またやり始めたら面白いんじゃないかと思ったのがキッカケで始めました。その後noripiに名義が変わります

 

2人の音楽的ルーツについて聞きたいのですが、例えばnoripiだとハードコアやノイズに精通していますよね。

 

ピアノ男:MAD動画やおもしろフラッシュが好きだったので、そこで使われていた音楽から広がっていきました。MAD動画では音ゲーの曲が使われていることが多く、ガバなどは音ゲー経由で知りました。それから、2009年頃にラジオで知ったのをきっかけにインドネシア・タイ・マレーシア・香港・台湾などアジア各国の土着のダンスミュージックを狂ったように収集するようになりました。出不精ゆえ、まだ現地には行ったことがないのですが…。また、中二病の特性でしょうか、皆が怪訝な顔をしそうなものが好きだったので、日本のスカムミュージックからも強く影響を受けていて、壊れたウクレレを買ったり〈Maltine Records〉に喧嘩を売るネットレーベルを運営したりしてスベっていました。

 

noripi:中学の部活の先輩で音楽に詳しい人がいて、ジョンゾーンが運営してる〈Tzadik Records〉のCDを大量に持ってて、Fred Frithとか巻上公一、Derek Bailey、Marc Ribotとか貸してもらったり、Merzbow、非常階段、暴力温泉芸者、MASONNA(山崎マゾ)とかノイズミュージックを彼から教えてもらいました。彼とは今音信不通なんですけど、それまでバンドにしか興味がなかった自分にインプロ、現代音楽、ジャズとか幅広く教えてくれた大切な人です。この時に教えてもらったものが今の僕の土台になってます。あとは家から自転車で行ける範囲内に古本屋がいくつかあって、今はもう潰れてしまったお店なんですけど、そこにBURST、STUDIO VOICE、宝島、クイックジャパン、鬼畜系、FOOL’S MATE、DOLLとかのカルチャー、音楽誌のバックナンバーが大量にあったのでひたすら立ち読みしては、高校に上がるまで携帯電話とかPCを持ってなかったので最寄り駅にPCレンタルスペースみたいなのがあったので、古本屋で見た面白そうなバンドとかキーワードを検索して視聴するのが日課でした。あと日本のポップスが一番日常的に聴いていて、どうしても年代的に90年代後半から00年代頭にかけてのポップスに聞きがちになってしまいますが、自分のトラックやmixでどうしても拭いきれないナード感はここから来ているものだと思います。

 

2人は出会いや結成に至った経緯はどのような感じでしたか?

 

ピアノ男:2016年ぐらいに初めてクラブイベントで会ったのですが、一回抱擁を交わしただけで特に何も喋らなかったのを覚えてます。その後しばらくは実にくだらないツイートを飛ばし合ってたようです。ネット弁慶ですね。その後、何故だったのかは忘れたのですが、2人でスプリットアルバムを作りまして、その後2人セットでのイベント出演オファーが来まして、どちらも色々良い塩梅に事が運んだので、名前をつけ継続してユニットを続けていく流れになったんだったと思います。

 

noripi:元々僕がファンで一方的に聴いてて、一緒に何かやり始めたのは2018年の春に〈M3〉でスプリットCD(『体験版』)を出すのがキッカケですね。その後、僕が毎年夏にasiaで呼ばれてたイベントがあって、毎年僕と僕が今一緒に出たいDJ、トラックメイカーの人と組んで出演するのが恒例行事になってて、その時はユニット名はなかったんですけど今のリョウコ2000の原型ができた感じですね。イベントの時ピアノ男がめちゃくちゃ楽しそうで終わった後に「なんかめっちゃ泣きそうになった」って言われたのがすごいジーンときたのを覚えてます。あとその年の大晦日のナードコアの夜明けにお互い出演オファーが来てて、もうここで声かけなかったら今後誰ともユニット組んだりすることないだろうなと思ってピアノ男を誘ってリョウコ2000が結成された感じです。

 

リョウコ2000という名前の由来は?

 

noripi:僕が広末涼子が好きなのとピアノ男が米倉涼子が好きなので「リョウコ」で、あとはBUDDHA BRANDの「大怪我3000」とかゲームのシンプル2000シリーズとか団地レコードのユミコ2000などの4桁数字を最後にくっつけるのが縁起が良いかなと思って「リョウコ2000」になりました。イベントに出るギリギリまで名前が決まってなかったので何も案がなかったらguchonさんの案の「キタノ&タケシ」になってたと思います。

 

 

リョウコ2000にガバのイメージを持つ人は多いと思うのですが、結成当初からガバでいこうみたいな感じだったんですか?

 

ピアノ男:二人ともガバは好きだし、特に私はガバばかり作っていたため、ガバの要素が入ることは暗黙に確定していたと考えられます。しかし、初ライブの時からガバ・オンリーではなかったように思います。例えばADM1317でのMIXでは、ガバはほぼ使っていません。むしろ、最近は我々にガバというイメージだけがつくことを塩梅良く避ける術を模索している面があるかもしれません。ガバといったジャンル名で我々をカテゴライズすることは便利な場合が多く、自分も無意識のうちに多用してしまっていると思います。しかし、私もnoripiもガバ以外のバックグラウンドを持っているし、ガバとしての特徴を持った音楽だけをずっと聴いたり演じたりしていたいわけではないです。ガバという区画だけに我々を収容したくはないかもしれませんね。激しいからバテやすいですし。

 

noripi:当初はナードなネタにガバ、ジャングル、レイヴ、ブレイクコアなど混ぜ込んだものをやれたらと思ってやり始めました。個人の時も二人の時もなのですがガバ、ジャングル、ブレイクコア、ハードコアは自分たちのルーツでもあるのでそこから極端に離れる事は無いと思いますが、別にそれをメインにやりたい訳では無いですね。最近はイベントとかでいかにガバから離れた所からガバの流れに持っていく過程に興味がありますね。

 

 

リョウコ2000と個人でのDJは、明確に違うものや意識することはありますか?

 

ピアノ男:自分ひとりの時は、他者のことはあまり考えず、自己の内界に潜ってその時に聴きたい音楽や展開を構築しています。ただ全く他者のことを考えないわけではなく、場に居る人々に突然の戸惑いを与えられたらいいなと思って、”外し”や”崩し”、”ふざけ”のエッセンスを加えるようにも心がけているというか、手癖でそうしています。なぜ戸惑いを与えたいかというと、当時バンドを組んでカッコつけた音楽をやっていた人達やその取り巻きに対する私怨が高校生の時に醸成されて、ああいう奴らをシバいたりたいという思いを未だに心の奥底で持っているからかもしれません。ただバンド全体が嫌いというわけではなく、グラインドコアとかよく聴きますけどね。リョウコ2000のほうでは、リョウコとして表現したいことをなるべく汲み取りつつ、イベントの趣旨・雰囲気にも沿うよう、ふざけを適度に抑制・アレンジしています。つまり、リョウコの時のほうは相対的に社会性があるし他者に対するLOVEがあるかもしれません。しらんけど。

 

noripi:個人の時は自分が今気になる音楽を少しずつ実験的に自分のルーツに織り交ぜつつ、イベントのテーマを見ながらやってる感じです。二人の時はリョウコ2000はピアノ男がキーマンだと勝手に思ってるので、個人で実験的にやってきたものをピアノ男の良さを薄めずにどれだけ織り交ぜて行けるかを考えてやってます。出来ているかは定かですが…。

 

 

昨年はMall BoyzMallin’」のリミックスも話題になり、Mall Boyzのライブでもリミックスが使用されていましたが、フィードバックはどうでしたか?

 

ピアノ男:音楽の趣味嗜好的に意外な人から「リョウコ2000って知り合い?」と聞かれた、という報告をいくらか聞きます。ガバマニアだけじゃなく、潜在的にはガバが好きなはずだけどガバを知らないというような人にもリーチしたいと昔から思っていたので、素直に嬉しいです。

 

noripi:今まで僕たちを絶対知らなかったであろう高校生くらいの子たちが結構聞いていてくれたのが素直に嬉しかったですね。

 

– 今年1月にリリースされたEPParasitic Dominator』はどういった経緯で〈Maltine Records〉からリリースされたんですか?

 

ピアノ男:ふざけた音楽ばかり作っていた自分ですが、攻殻機動隊SACを観たのをきっかけに、シリアスな曲を作りたいという気持ちが湧き、そのことをツイートした時がありました。それを見たtomad氏から「シリアスな感じのを出すならマルチネから出しませんか?」と連絡がきました。丁度その頃、noripiとリョウコ2000オリジナルの曲を作りたいという話をしていたので、リョウコ2000でリリースする流れになりました。なぜそのような連絡がきたのかは分かりません。10年近く前にMaltineイベントに出ていたので、接点はありましたが。Maltineは昔はガバやブレイクコアもリリースしていたのですが、最近はそういったリリースがなかったので、狂いを求めてたんじゃないかと勝手に推測しています。

 

ガバキックへのこだわりが強いとお聞きしたのですが、今回のEPに使用されているキックもご自身で生成されているんですか?

 

ピアノ男:全てピアノ男製です。このEPを作るにあたり、新規性のあるガバを作ることを意識しました。ですが、私は現行のガバよりも90年代のガバが好きです。そこで、90年代のガバに一旦立ち戻ってブランチを切り、90年代のガバの好きな要素を保ちつつ、他の様々な音楽に寄生しながら現代に向かって変化していったガバをイメージしました。そのためには、やはりガバの素材集などに入っている既存のキックではなく、自分で作る必要があると考えたのです。ガバキックの音色にもそれぞれ向き不向きの曲調がありますから。でも、さほどこだわりは強くないです。曲のテクスチャに合えば何でもいいです。

 

– ohianaさんが手がけたジャケットも素晴らしいですが、内容を通してイメージのやり取りも行われたんですか?また、手を繋いでるのはリョウコ20002人という認識でいいですか?

 

noripi:元々が僕が一方的におひアナさんのファンで、個人で何か作品を制作したらおひアナさんにオファーしようと考えてたのですがなかなか機会がなくて、今回のEPのお誘いが来た時に曲の構成よりも真っ先に絶対に〈Maltine records〉でおひアナさんのジャケットが見たい!と思ってジャケット制作をお願いした感じです。ジャケットはEPのデモを聞いてもらいつつ、山塚アイさんと大竹伸朗さんの「ドンケデリコ」のポップだけど凶悪なコラージュ感にメタルロゴを混ぜたら面白いのではないかとなり、このジャケットになった感じです。

 

いつかリョウコ2000がガバをやめる日が来ると思いますか?不安に思いますか?

 

ピアノ男:制作し演じる上では、むしろそのようなカテゴリの柵を取り払って混沌の中に立ち戻り、そのとき表現したい事物や構築したい空気感に合わせて、使用すべき音楽を掘り起こしたいのです。ですが、ガバには我々が好きな要素が多く含まれていることは事実なので、ガバと名乗らずともそのエッセンスは我々のカラーとして残り続けるかもしれません。不安といえば、冬の時代でしょうか。AIVRが熱いブームと冬の時代を繰り返してきたように、ガバも我々自身もそういった時代を繰り返す可能性はあります。事実、ガバも私も冬の時代はありました。その時々の評価や景気なんぞに左右はされないぞ、と考えているつもりですが、それでもどこか自分でも察知しづらい次元に不安が漂い続ける気がします。ただとにかく柔軟に生存して、コアの灯火だけは絶やさないようにしていきたいものです。

 

これまでリョウコ2000の活動を通して印象的だった出来事はありますか?

 

ピアノ男:年越しはいつも実家で家族みんな寝てる中、一人チャットサイトで「あけおめw」とか言ってたので、リョウコ2000の活動で初めて年末年始の渋谷を経験したのですが、人々の元気さに驚きました。あと初日の出後の渋谷のゲボの多さ。もしかしたら渋谷の日常なのかもしれないし、東京に限った話でないかもしれないが、ああいった状態に対して感覚が麻痺してはいけない。

 

noripi:結局その人には会いませんでしたが出番終わりに僕にプレゼントを渡したいと言う謎のおばさんがピアノ男に尋ねてたみたいで無茶苦茶怖かったです。

 

– 2人にとってガバとは。

 

リョウコ2000:HARDCORE WILL NEVER DIE

 

 

リョウコ2000 – Parasitic Dominator

Label : Maltine Records

Release date : 20 January 2020

Artwork : ohiana

Download : http://maltinerecords.cs8.biz/177.html