Thinking Framework – 考える枠組み vol.4

4. 内燃機関の哀しみ

 

by Daiki Miyama

 

2017年7月、フランス政府がガソリンおよびディーゼルエンジン、つまり内燃機関を搭載した車の販売を2040年までに終了すると宣言した。イギリスもそれに呼応し同様の宣言を行った。車が個別に内燃機関で燃料を爆破させ運動エネルギーを得るよりも、発電所で燃料を燃やすなどし電気を作り車はモーターで走らせた方がエネルギー効率が高く、二酸化炭素の排出量を低減できるのが狙いだ。

 

この電気自動車への転換は環境問題に積極的な北欧や、車の生産に依存していない国だけでなく、自動車生産大国であるドイツまでもが内燃機関の自動車の販売を禁止する議論を始めている。つまり近い将来、内燃機関は蒸気機関や真空管のように失われた技術になるのだ。

 

ある技術が別の技術に取って代えられようとするとき、旧来の技術が異質な進化を遂げることがある。例えば SSDに取って代わることが宿命であるHDDが SMR(Shingled Magnetic Recording。データの書き込みを隣のトラックと瓦のように重ねて行うことによってデータの密度を上げて容量を上げる方式)によって延命を図ったように、内燃機関でもこれまで不可能とされた異質な技術が実用化されはじめている。日産の可変圧縮比エンジン『VC-T』やマツダの『SKYACTIV-X』がそれだ。

 

日産が開発した可変圧縮比エンジン『VC-T』は、燃費の向上とトルクの維持を両立させる技術だ。燃費の向上には燃料であるガソリンと空気の混合気の圧縮比を高める必要がある。しかし圧縮比を高めすぎると点火プラグで点火する前に混合気が部分的に爆発するノッキングが起こり、エンジンに異常な振動が発生し、最悪エンジンを壊すことにもなりかねない。このノッキングは発進や加速時などのエンジンの負荷が高いときに起こりやすく、一定の速度で走っているときには起こりにくいことが分かっている。であれば、発進や加速時だけ圧縮比を低くし、一定の速度のときに圧縮比を高めることができれば、ノッキングを防ぎ燃費を向上できる。これが可変圧縮エンジンの狙いで『VC-T』では動的にストロークの長さを変更することで圧縮比の変更を行っている。

 

動的にストロークの長さを変更と言うのは容易いが、ガソリンが爆発する力を全て受け止めるところに新たな部品を追加し、その角度をアクチュエータで電子制御することによってストロークの長さ変え圧縮比を変更する機構を製品化するまでに、日産は30年近い月日をかけている。このエンジンの研究は1989年に始まり、2018年の春に発売されたインフィニティのSUV『QX50』に初めて搭載された。

 

マツダの『SKYACTIV-X』も燃費の向上とトルクの維持の両立という目的は変わらないがアプローチは『VC-T』とかなり異なり、燃費の向上を混合気の自動着火に求めている。『VC-T』の説明では自動着火はノッキングの原因であり、ガソリンエンジンでは避けなけれならない現象であると述べたが、『SKYACTIV-X』では逆にその自動着火を利用し燃費向上を狙う。

 

通常の点火プラグでの混合気への点火は着火にムラができ、燃料の燃え残りが起こることによって燃費が低下する。着火にムラができる原因は紙の端についた火が全体に燃え広がるのに時間がかかるのと同じで、混合気が爆発しピストンを押すまでには全体に火が届かず、どうしても燃え残りができてしまうからだ。一方、自動着火は混合気の圧力と温度で決まる。燃焼室内の圧縮された混合気の圧力と温度はほとんど同じであるため、自動着火の条件は燃焼室内で同時に起こる。そのため燃え残りが非常に少なく燃料を効率よくエネルギーに変換することができるのだ。また、自動着火では点火プラグで火をつけるのとは異なり、混合気のガソリンの比率を下げることができる。これによりピストンを押し出すのにかかるガソリンの量も減らすことができ、さらに燃費を向上することができる。

 

燃費にとっては良いことずくめのように思える自動着火であるが、ガソリンでそれを制御し確実なタイミングで起こすのは実はとても難しい。その理由は自動着火が起こる温度と圧力の範囲が限られているからだ。『SKYACTIV-X』ではこの問題を解決するために、自動着火が起こらない温度のときはガソリンを噴射しプラグで着火するということを行う。燃料の消費を抑えたい巡航走行時に自動着火が起こるように燃料室の大きさを合わせることにより、発進時や加速時は点火プラグを使うとしても、安定した巡航走行の燃費を格段に向上することができる。

 

『SKYACTIV-X』を搭載した『Mazda 3』は今年の5月頃に世界で販売される予定である。『SKYACTIV-X』がモーターを付けたハイブリッドであることや、世界戦略車である『Mazda 3』の一部のグレードにしか搭載されないことで、その性能には懐疑的なところもあるが、世界を席巻したスモールセダンである『BMW 3シリーズ』になぞられたその名前の最高グレードに『SKYACTIV-X』を設定したことにマツダの本気度をうかがうことができる。

 

内燃機関にはこういった努力にもよらず最終的には失われてしまうという哀しみがある。しかし内燃機関が失われる技術だから哀しみがあるのかというと、それだけではないようにも思う。内燃機関には、燃料の爆発を閉じ込め運動エネルギーに変換するというその行為自体に、ある種の哀しみがあるように思えるのだ。

 

その内燃機関の本質的な哀しみを端的に表しているのが Blood Orangeの『Negro Swan』の一連のMVであり、特にそのジャケットにも使われた『Jewelry』のMVだ。

 

 

海外でのチューニングした日本車ブームの起源は90年代の終わりに西海岸で東洋系マフィアがはじめたものだと言われている。そこに日本のアフターパーツメーカーや自動車雑誌が便乗して日本のチューニング文化を持ち込み、映画『ワイルドスピード』の世界的なヒットもあり世界中に広まることになる。

 

現在の80年代、90年代の日本のスポーツカーの中古価格の高騰は、こうした文化的なものと、販売から25年以上経つ車は規制が緩和され新車では禁止されている右ハンドルの車も走ることができるというアメリカの「25年ルール」によるものが大きい。

 

『Jewelry』のMVに登場するスプリンタートレノは、こうしたチューニング文化を作りあげた源流とも言えるモデルであり、なかなか良い選択だと言える。特にこの個体は外見はペイントをやり直しているくらいでノーマルに近く、日本で当時流行した「つり革」や車検証を模したステッカーなどに日本のこの時代の車に対する強いこだわりが感じられる。

 

しかしAE86、しかも白と黒のいわゆるパンダトレノを使うのは、その流行をまじまじと見てきた我々には、あまりにも豆腐屋すぎる。いくらチューニング文化の源流であるとしてもここはS13型シルビアや FD3S型 RX-7あたりを選んで欲しかったところである。

 

内燃機関の哀しみをジャケットに使った最近のものとしてはMall BoyzのEP『MALL TAPE』がある。この『Higher』のMVにも登場するフォルクスワーゲンのポロはWRCでも活躍するヨーロッパで人気のホットハッチだ。

 

 

この個体はサイドに MALLと大きく書かれてはいるが、WRC的なレース仕様という訳ではなくほとんどノーマルに見える。それでも後部座席の窓には2013年から18年のWRCのチャンピオンのセバスチャン・オジェとジュリアン・イングラシアのステッカーがある。またユーロのようなナンバープレートの上に群馬ナンバーが重ねられている。

 

これを選ぶのが彼らのモール感であり、我々が郊外で実際に見るワンボックスやミニバンに支配された世界とは少し違う架空のモールなのだろう。それは彼らのジャージやサングラスがドンキホーテの前で見かけるリアリティーから少し離れたところにあるのと同じように、どこでもありそうでいて、どこでもない。特定のフッドを持たないという彼らの気分を良く表していると思う。

 

Text by Naohiro Nishikawa

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