TikTok発『握手ミーム』が生んだヒット|PinkPantheress『Illegal』の魅力を探る

PinkPantheress 特別企画第一弾

 

 

AVYSSは先日PinkPantheressへの日本初のテキストインタビューを実施。今週からは特別企画として、日本の音楽ライター陣によるさまざまなな角度からのPinkPantheress像を掘り下げる短期集中連載をスタート。初回はJun Fukunaga氏による、TikTokバイラルと彼女の関係を中心としたコラムを掲載。

 


 

今夏、TikTokで「握手をしながら『これって違法?』と問いかける」ミーム動画が爆発的に広がった。そのBGMとして使われていたのが、PinkPantheressの最新曲「Illegal」だ。

 

 

PinkPantheressといえば、Ice Spiceとの「Boy’s a liar Pt. 2」が2023年に世界的大ヒット曲となったことでグローバル・ポップスターの仲間入りを果たしたアーティストだ。そんな彼女の新曲が、なぜ再びTikTokで人気を博しているのだろうか?

 

本稿では、PinkPantheressのキャリアと音楽性を振り返りながら、このバイラルヒットの背景を探っていく。

 

Text by Jun Fukunaga

Graphic Design by JACKSON kaki

 


 

TikTokスターから文化的影響力を持つ存在へ

 

PinkPantheressは、2001年生まれのイギリス人アーティストだ。現在24歳の彼女は、ロンドンの大学に在学していた2021年に音楽活動を開始。いくつかの楽曲がTikTokでバイラルヒットした後、同年リリースしたデビューミックステープ『to hell with it』で高い評価を獲得し、BBCが選ぶ期待の新人リスト「Sound of 2022」で1位に輝いた。

 

その後も快進撃は続き、2023年には先述した「Boy’s a Liar Pt. 2」を収録したデビューアルバム『Heaven Knows』をリリース。さらに2024年にはBillboard Women in Musicで年間プロデューサー賞を受賞しただけでなく、デジタル時代における音楽への貢献と功績により英・ケント大学から名誉博士号を授与されるなど、今では単なるアーティストを超えた文化的影響力を持つ存在として認知されている。

 

 

過去の音楽の再解釈から生まれる「ニュー・ノスタルジック」サウンド

 

PinkPantheressの音楽の最大の特徴は、過去の名曲、つまり彼女自身が直接体験していない時代の音楽をサンプリングし、現代向けにアレンジする「ニュー・ノスタルジック」サウンドにある。

 

この手法により生まれた「Pain」(Sweet Female Attitudeの「Flowers (Sunship Edit)」をサンプリング)や「Break It Off」(Adam Fの「Circles」をサンプリング)は、TikTokでバイラルヒットし、UKシングルチャートにランクインを果たした。これらの成功は、彼女のアプローチが単なる懐古趣味ではなく、現代的な魅力を持つことを証明している。

 

また、この音楽的アプローチを支えているのが、彼女独自の楽曲構成論だ。「曲は2分30秒より長い必要はない」という考えのもと、従来のポップスに見られるブリッジや繰り返されるバース、長いアウトロを意図的に排除し、多くの楽曲を2分以下で完結させる。この短さは感情を凝縮したまるで”エスプレッソ・ショット”のような効果を生み、聴き手に強烈な印象を残す。さらにこうした特徴を持つトラックの上に、息づかいが感じられる会話的なウィスパーボイスと、内省的で日記のような歌詞を組み合わせることで、独特な世界観を構築している。

 

 

ただし、先述した『Heaven Knows』では3分を超える楽曲や生演奏といった要素が加わったほか、ディスコハウス、ジャージークラブといった新ジャンルへのアプローチに取り組むなど、自身が確立したアイコニックな音楽性を拡張した。一方で今年リリースした最新ミックステープ『Fancy That』では、再びサンプリング中心の短い楽曲スタイル(とはいえ初期音源よりは長く、2分台の楽曲が多い)に回帰しており、キャリアを通じてその音楽性は変遷を続けている。

 

 

 

TikTokで生まれた新たな文脈がバイラルヒットの要因に

 

さて、ここからが本稿の本題だ。なぜ「Illegal」がTikTokでバイラルヒットを記録しているのか、その背景を詳しく見ていこう。

 

「Illegal」は先述した『Fancy That』の収録曲でUnderworldの1994年の名作「Dark & Long (Dark Train)」をサンプリングしたUKガラージ調の楽曲だ。本人が「大麻ディス・トラック」と呼ぶこの曲は、当初男性エスコートについて歌う内容だったが、最終的により身近な”個人的な悪い薬物体験”をテーマにした楽曲として制作された。MVでも、PinkPantheressが薬物を購入し幻覚を体験することを想起させるストーリーが描かれている。

 

 

ところが、TikTok上では握手をしながら「My name is Pink and I’m really glad to meet you」という歌詞をリップシンクし、育った環境の違いや価値観の相違を「Hey! OoOooOooOooo is this illegal?(これって違法?)」という歌詞に合わせて冗談めかして表現するという、楽曲の本来のテーマとは全く無関係な形でミーム化。そこから一気にトレンド化し、海外メディア「Mashable」によれば、2025年7月中旬時点で84万1000以上の動画で使用されるほどのバイラルヒットとなった。

 

この現象は、アーティストが楽曲に込めた本来の意味(違法薬物への言及)と、TikTokユーザーが創造した新しい意味(異なる背景を持つ人同士の健全な出会い)が完全に異なるものとなり、むしろ後者が主流となるという、UGCカルチャー全盛の現代ならではの興味深い変化を示している。

 

@grace_and_matt

A friendship was forged for life 👩‍❤️‍👨 #40yearoldflatmate #illegal #mynameispink #pinkpantheress #reels #comedy #flatmate #housemate #sydney #australia

♬ Illegal – PinkPantheress

 

さらに興味深いのは、最終的にPinkPantheress自身もこの「握手トレンド」に参加し、ユーザーによる再解釈を受け入れる柔軟な姿勢を見せたことだ。その結果、現在(この記事を執筆している時点)では130万以上の動画で使われるまでに人気が拡大。日本では単純な友人との握手動画として公開するユーザーが現れるなど、元々のミームの文脈ともまた異なる形でも広がりを見せている。

 

こうした経緯から考えると「Illegal」のバイラルヒットの要因は当然のことながらミーム要素が大きい。しかし、そもそもPinkPantheressの音楽は短い楽曲の中に”旨み”を意図的に凝縮した構成のため、短編動画投稿が主流のTikTokとの相性は抜群に良い。

 

実際、投稿されている動画では、インパクトのあるリフ(「Dark & Long (Dark Train)」からのサンプリング)に乗せて歌われるミームの肝となる歌詞部分がうまく短い動画に収まっている。このような楽曲のキャッチーな部分の切り取りやすさもまた、今回のバイラルヒットの要因のひとつだと考えられる。その点を踏まえるとこのバイラルヒットは、アーティストの意図から外れた要素(健全化されたメッセージ)と、意図した要素(TikTok向けの楽曲構成)が重なり合って生まれた複合的な現象だといえるだろう。

 

バイラルヒットの陰に音楽的センスが光る楽曲が存在

 

とはいえ、「Illegal」のように話題性の高い曲ばかりに注目していると、PinkPantheressの音楽が持つ本質的な魅力を見逃してしまうかもしれない。なぜなら彼女のカタログの中にはバイラルヒットとは無縁でも、一聴すればその良さが伝わる曲が多数存在するからだ。

 

そこで最後にそのような曲のひとつとして「Illegal」と同じ『Fancy That』に収録されている「Girl Like Me」を紹介したい。恋愛への諦観をテーマにした同曲では、Basement Jaxxの「Romeo」と「Always Be There」という、Y2KのUKクラブクラシックがサンプリングされている。この曲では「Romeo」から「Let it all go」というコーラスがうまく切り取られ、ブリーピーなベースラインとスピードガレージ調のビートとマッチするように再構築されている。

 

いわゆるモロ使いではあるものの、より原曲としてわかりやすいフックの部分ではなく、あえてコーラス部分をサンプリングし、それを楽曲のキャッチーな要素として組み込むところにPinkPantheressのサンプリングセンスの良さを感じずにはいられない。

 

 

現代ポップミュージックの新たな可能性として

 

TikTokを賑わせるバイラルヒットからメインストリームの音楽シーンを賑わせるグローバルヒット、さらには音楽好きを唸らせるハイクオリティな楽曲まで。自身が確立した「ニュー・ノスタルジック」サウンドをひっさげ、幅広く現代のポップミュージックの世界で活躍を続けるPinkPantheress。話題性と音楽的価値を両立させる彼女の存在は、これからの音楽シーンにとって重要な意味を持つはずだ。

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今夏、TikTokで「握手をしながら『これって違法?』と問いかける」ミーム動画が爆発的に広がった。そのBGMとして使われていたのが、PinkPantheressの最新曲「Illegal」だ。

 

 

PinkPantheressといえば、Ice Spiceとの「Boy’s a liar Pt. 2」が2023年に世界的大ヒット曲となったことでグローバル・ポップスターの仲間入りを果たしたアーティストだ。そんな彼女の新曲が、なぜ再びTikTokで人気を博しているのだろうか?

 

本稿では、PinkPantheressのキャリアと音楽性を振り返りながら、このバイラルヒットの背景を探っていく。

 

Text by Jun Fukunaga

Graphic Design by JACKSON kaki

 


 

TikTokスターから文化的影響力を持つ存在へ

 

PinkPantheressは、2001年生まれのイギリス人アーティストだ。現在24歳の彼女は、ロンドンの大学に在学していた2021年に音楽活動を開始。いくつかの楽曲がTikTokでバイラルヒットした後、同年リリースしたデビューミックステープ『to hell with it』で高い評価を獲得し、BBCが選ぶ期待の新人リスト「Sound of 2022」で1位に輝いた。

 

その後も快進撃は続き、2023年には先述した「Boy’s a Liar Pt. 2」を収録したデビューアルバム『Heaven Knows』をリリース。さらに2024年にはBillboard Women in Musicで年間プロデューサー賞を受賞しただけでなく、デジタル時代における音楽への貢献と功績により英・ケント大学から名誉博士号を授与されるなど、今では単なるアーティストを超えた文化的影響力を持つ存在として認知されている。

 

 

過去の音楽の再解釈から生まれる「ニュー・ノスタルジック」サウンド

 

PinkPantheressの音楽の最大の特徴は、過去の名曲、つまり彼女自身が直接体験していない時代の音楽をサンプリングし、現代向けにアレンジする「ニュー・ノスタルジック」サウンドにある。

 

この手法により生まれた「Pain」(Sweet Female Attitudeの「Flowers (Sunship Edit)」をサンプリング)や「Break It Off」(Adam Fの「Circles」をサンプリング)は、TikTokでバイラルヒットし、UKシングルチャートにランクインを果たした。これらの成功は、彼女のアプローチが単なる懐古趣味ではなく、現代的な魅力を持つことを証明している。

 

また、この音楽的アプローチを支えているのが、彼女独自の楽曲構成論だ。「曲は2分30秒より長い必要はない」という考えのもと、従来のポップスに見られるブリッジや繰り返されるバース、長いアウトロを意図的に排除し、多くの楽曲を2分以下で完結させる。この短さは感情を凝縮したまるで”エスプレッソ・ショット”のような効果を生み、聴き手に強烈な印象を残す。さらにこうした特徴を持つトラックの上に、息づかいが感じられる会話的なウィスパーボイスと、内省的で日記のような歌詞を組み合わせることで、独特な世界観を構築している。

 

 

ただし、先述した『Heaven Knows』では3分を超える楽曲や生演奏といった要素が加わったほか、ディスコハウス、ジャージークラブといった新ジャンルへのアプローチに取り組むなど、自身が確立したアイコニックな音楽性を拡張した。一方で今年リリースした最新ミックステープ『Fancy That』では、再びサンプリング中心の短い楽曲スタイル(とはいえ初期音源よりは長く、2分台の楽曲が多い)に回帰しており、キャリアを通じてその音楽性は変遷を続けている。

 

 

 

TikTokで生まれた新たな文脈がバイラルヒットの要因に

 

さて、ここからが本稿の本題だ。なぜ「Illegal」がTikTokでバイラルヒットを記録しているのか、その背景を詳しく見ていこう。

 

「Illegal」は先述した『Fancy That』の収録曲でUnderworldの1994年の名作「Dark & Long (Dark Train)」をサンプリングしたUKガラージ調の楽曲だ。本人が「大麻ディス・トラック」と呼ぶこの曲は、当初男性エスコートについて歌う内容だったが、最終的により身近な”個人的な悪い薬物体験”をテーマにした楽曲として制作された。MVでも、PinkPantheressが薬物を購入し幻覚を体験することを想起させるストーリーが描かれている。

 

 

ところが、TikTok上では握手をしながら「My name is Pink and I’m really glad to meet you」という歌詞をリップシンクし、育った環境の違いや価値観の相違を「Hey! OoOooOooOooo is this illegal?(これって違法?)」という歌詞に合わせて冗談めかして表現するという、楽曲の本来のテーマとは全く無関係な形でミーム化。そこから一気にトレンド化し、海外メディア「Mashable」によれば、2025年7月中旬時点で84万1000以上の動画で使用されるほどのバイラルヒットとなった。

 

この現象は、アーティストが楽曲に込めた本来の意味(違法薬物への言及)と、TikTokユーザーが創造した新しい意味(異なる背景を持つ人同士の健全な出会い)が完全に異なるものとなり、むしろ後者が主流となるという、UGCカルチャー全盛の現代ならではの興味深い変化を示している。

 

@grace_and_matt

A friendship was forged for life 👩‍❤️‍👨 #40yearoldflatmate #illegal #mynameispink #pinkpantheress #reels #comedy #flatmate #housemate #sydney #australia

♬ Illegal – PinkPantheress

 

さらに興味深いのは、最終的にPinkPantheress自身もこの「握手トレンド」に参加し、ユーザーによる再解釈を受け入れる柔軟な姿勢を見せたことだ。その結果、現在(この記事を執筆している時点)では130万以上の動画で使われるまでに人気が拡大。日本では単純な友人との握手動画として公開するユーザーが現れるなど、元々のミームの文脈ともまた異なる形でも広がりを見せている。

 

こうした経緯から考えると「Illegal」のバイラルヒットの要因は当然のことながらミーム要素が大きい。しかし、そもそもPinkPantheressの音楽は短い楽曲の中に”旨み”を意図的に凝縮した構成のため、短編動画投稿が主流のTikTokとの相性は抜群に良い。

 

実際、投稿されている動画では、インパクトのあるリフ(「Dark & Long (Dark Train)」からのサンプリング)に乗せて歌われるミームの肝となる歌詞部分がうまく短い動画に収まっている。このような楽曲のキャッチーな部分の切り取りやすさもまた、今回のバイラルヒットの要因のひとつだと考えられる。その点を踏まえるとこのバイラルヒットは、アーティストの意図から外れた要素(健全化されたメッセージ)と、意図した要素(TikTok向けの楽曲構成)が重なり合って生まれた複合的な現象だといえるだろう。

 

バイラルヒットの陰に音楽的センスが光る楽曲が存在

 

とはいえ、「Illegal」のように話題性の高い曲ばかりに注目していると、PinkPantheressの音楽が持つ本質的な魅力を見逃してしまうかもしれない。なぜなら彼女のカタログの中にはバイラルヒットとは無縁でも、一聴すればその良さが伝わる曲が多数存在するからだ。

 

そこで最後にそのような曲のひとつとして「Illegal」と同じ『Fancy That』に収録されている「Girl Like Me」を紹介したい。恋愛への諦観をテーマにした同曲では、Basement Jaxxの「Romeo」と「Always Be There」という、Y2KのUKクラブクラシックがサンプリングされている。この曲では「Romeo」から「Let it all go」というコーラスがうまく切り取られ、ブリーピーなベースラインとスピードガレージ調のビートとマッチするように再構築されている。

 

いわゆるモロ使いではあるものの、より原曲としてわかりやすいフックの部分ではなく、あえてコーラス部分をサンプリングし、それを楽曲のキャッチーな要素として組み込むところにPinkPantheressのサンプリングセンスの良さを感じずにはいられない。

 

 

現代ポップミュージックの新たな可能性として

 

TikTokを賑わせるバイラルヒットからメインストリームの音楽シーンを賑わせるグローバルヒット、さらには音楽好きを唸らせるハイクオリティな楽曲まで。自身が確立した「ニュー・ノスタルジック」サウンドをひっさげ、幅広く現代のポップミュージックの世界で活躍を続けるPinkPantheress。話題性と音楽的価値を両立させる彼女の存在は、これからの音楽シーンにとって重要な意味を持つはずだ。

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