ガバは僕らのファンタジー|『History of Japanese Hardcore Techno』書評

一人ひとりにハードコア・テクノの歴史がある

 

 

Text by DJ SHARPNEL

 

まさか出ると思ってなかった日本のハードコアについて書かれた歴史書が出た。

 

それまでの僕たちは、昔のQuick Japanとなんとか残しているフリーペーパー、C-TYPEがまとめるガバ年表WikiやInternet Archiveを駆使してなんとか集められるログ、そして自分自身のわずかな記憶から辿るしかなかった。

 

とにかく記録のない日本の非常に限定的なシーンの話が、恐ろしい濃さで一冊にまとまった。著者の梅ヶ谷君は2001年にハードコアをSHARPNELSOUNDのリリースで知ったと書いてくれているが、著者がハードコアを知る以前の時代を含め、断片的な記録と共有されない記憶の中にしか存在しなかった日本のハードコアの話がぎっしりと詰まっている。

 

あらゆる当事者の目線と熱量を、原液ママ薄め無しでぶっ続けに浴びせられてしまって大丈夫だろうか。主に体調面などが心配になった。氏の前著であるブレイクコア・ガイドブック、ハードコア・テクノ・ガイドブックは、ともに「上・下巻」という、限られたジャンルの書籍としては圧倒的な物量で、この4冊を発刊しただけでも日本のハードコア界としては石碑が打ち立てられてもおかしくない偉業だ。これらの4冊には「これからブレイクコアやハードコアに興味を持った人が迷わないように」と慈悲の心がつめこまれていた。数年がかりで本書を順次発刊する中、ハードコア・テクノ・ガイドブックのオールドスクール編が出るか出ないかという頃だったか、梅ヶ谷君からの「JEAさ~ん、日本のハードコアの本、自費出版で出すんスよ~」といつものようにフワっと軽妙ながらも激アツの熱があふれ出る一言に、その時は「えっ、同人誌?」と聞き返すのが精いっぱいだった。それちょっと慈悲深すぎん?(自費だけに)

 

とりわけ日本のハードコアの情報は、一次資料もわずかにしか残っていない。サブカルチャーの中でもオーバーグラウンドにほぼ露出の無かったクローズドな歴史をまとめるには、各地に点在する語り部を訪ね歩き口伝で聞き出すしかない。当時を知る者たちから遠い過去の記憶を引き出し、紡ぎ合わせ、自分さえ体験したことのない時代を浮かび上がらせるのは途方もない作業だったに違いない。

 

結果としてこの本は、ある音楽ジャンルの解説書ではなく、日本で起きた特異な現象に着目し地道なフィールドワークと極めて誠実な編纂によって実証された民俗学的歴史資料としての価値も帯びている。しかも同人誌で。マジでハードコアだ。

 

 

今から30年以上昔。

 

1990年にTVアニメふしぎの海のナディアというアニメ番組の放送がNHKで始まった。ナディアによってアニメの面白さに気が付かされた当時中学生の僕は、アニメの情報とラミネートカードとサントラCDの販売特典を手に入れるべく日々アニメイトに入りびたり、アニメディア・アニメージュ・NEWTYPEを愛読し、ラジオ関西の青春ラジメニアやKBS京都はいぱぁナイトのヘビーリスナーとなり、そのまま深夜ラジオの沼にハマっていった。日髙のり子のはい金をティーンと聞いていたし、森脇健司の青ベジも聞いていた。ヤンタン、サイキック青年団など、パーソナリティが語る深夜の裏話に毎晩つかっていたので、当時土曜2部で始まっていた電気のANN(オールナイトニッポン)に出会うのも時間の問題だった。

 

深夜ラジオに助けられながらなんとか受験を終えて高専に入学した93年頃には、電気グルーヴの立派なFanboyになっていた。自分では面白いと思って「うわー、ディープぅ」などの電気ANN用語を多用し、NIFTY-Serveの電気グルーヴPatio(仲間内のグループ)に読まれもしない平成新造語の長文ネタを投稿し、カセットテープに録音した電気ANNをウォークマンで聞きながら通学し、心斎橋で買ったアナーキック・アジャストメントのロンTを学校に着て行き、学校帰りには書店で雑誌「ぴあ」のイベント欄に小さな字でしか載っていないクラブイベント情報を探し出し、親の目を盗んで深夜の難波Rocketsに出入りした。

 

Rocketsを通じてクラブを知り、BBSやML(メーリングリスト)を通じて同じテクノ好きと出会い、Ebora of Gabberに通う頃には、ドイツやオランダのガバ・アーティスト達のFanboyだったし、The Speed Freakが本書で言うところの日本のガバ第一世代の先輩方のFanboyになっていた。

 

そうこうしているうちにWindows95が日本でも発売されて海外発のDOS/Vパソコンが日本でも気軽に低価格で買えるようになり、MODによる曲作りができるようになったのは自分にとって幸いだった。それまでのMIDI音源やMMLによるシーケンス中心の曲作りから、サンプリングを中心としたMODの曲作りは自分のやりたいことが自由に表現できた。端的に言うとガバキックとボイスサンプルを鳴らせるようになったのだ。これは楽しい音が作れるようになったと思い、誰かに聞かせたくなり世界に向けて発信を始めた。ガバを聞く、ガバで踊る、ガバを作るは当時の自分の生活の柱になった。

 

あの頃、The Speed Freak来日やEuromasters来日を観に行けなかったことはいまだに生涯の後悔だが、でもその悔しさはその後のイベントでの招聘につながった。

 

 

一人ひとりにハードコア・テクノの歴史がある。

 

本書のおかげで、出来事だけでなく、当事者の熱量や考え、狙いを高い解像度で感じられるようになった。特に90年代の出来事については、当事者ではない梅ヶ谷君だからこそ、この視点でまとめられたと思う。

 

積み上げられた歴史と、自分の人生の選択がどこかで少しかみ合って、いつしか流れを作る側になる。最初は誰もがFanboyで、この本でインタビューに答えている当事者が、いまなお、そのときの熱量を持ち続けて歴史をアップデートし続けているのがなんとも嬉しい。

 

 

『History of Japanese Hardcore Techno』

梅ヶ谷雄太 著 / Murder Channel

 

通常版

https://mxcxshop.cart.fc2.com/ca2/131/p-r-s/

限定セット

https://mxcxshop.cart.fc2.com/ca2/132/p-r-s/

 

[インタビュー参加者]

Boris Postma / C-TYPE / DieTRAX (アシッド田宮三四郎/全日本レコード) / Die-Suck / DJ SHARPNEL/JEA (SHARPNELSOUND) / DJ TECHNORCH / DJ フクタケ / DJ Flapjack / DJ Iijima / DJ SHIMAMURA / Duran Duran Duran / Dustvoxx / Euromasters / Federico Chiari / FFF / GraphersRock / Hammer Bros / JAKAZiD / Laurent Hô / LINDA (GRINDCIRCUS) / LUNA-C / Noize Creator / Neodash Zerox / Nobby Uno / REMO-CON / RoughSketch / Shigetomo Yamamoto(OUT OF KEY) / Slave to Society / Sieste / The Speed Freak / Taigen Kawabe / Yazzus / yukinoise / 解放新平 (melting bot) / 鶴岡龍 LUVRAW / 細江慎治

 

[CD『Soundtrack of History of Japanese Hardcore Techno』]

DieTRAX / DJ SHARPNEL / DJ TECHNORCH / Hammer Bros / Noize Creator / RoughSketch / RaverzProject! / Sieste ほか

 

[EXTREME SET 小冊子参加者]

梅ヶ谷雄太 / DJ SHARPNEL / DJ フクタケ / DJ SHIMAMURA

 

[EXTREME SET DLコード]

Neodash Zerox – J-Core Mix

 

イラスト: Jun Inagawa

装丁・デザイン: Die (Ketchuparts)

校正: 清家咲乃

 

 

DJ SHARPNEL

https://www.sharpnel.com/

1998年より、ネットとフロアを主戦場にアニメやゲームなどのヲタマテリアルをハードコアにコンバートし続けて来た自称アニメティックハードコアリミックスユニット。東京・渋谷で開催されたDENPA!!!やXTREME HARDなどにレギュラー出演し、シーンの最前列をBPM200を超える暴力的なハードコアサウンドと融合した二次元オーディオビジュアルでフロアを圧縮し続けてい る。昨年は、LAでのDJツアーやオランダのハードコアレーベルMOKUM RECORDSからリリースされたThe speedfreak – Days of anger(DJ Sharpnelremix)がリリース早々BBC1の人気ラジオ番組DJ KutskiによってThe Hardest Record In The World Right Nowにチョイスされるなど活動の場を海外に広げ、2009年にLos Angelesにて公演。さらに2010年はシアトルのSAKURACON、シカゴの ANIME CENTRALへのライブアクトとして出演。コミケの聖地、有明から発信されたサウンドを世界へ届けるべく、合計10TBを超えた深夜アニ メ録画専用HDDを今日も高速でブン回し続ける!2017年4月に現実世界での活動を終了し、SHARPNELSOUNDごと活動仮想化。現在は活動拠点をVR上に移し、VR内でDJ・ライブ活動中。

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