Thinking Framework – 考える枠組み vol.6

6. 常識の外側へ

 

 

Text : Naohiro Nishikawa

Photo : Daiki Miyama

 

音楽のカルチャーはドラッグと分かちがたく結びついてきた。古くは1950年代のバッブとその後のハードバッブのジャズプレーヤーのヘロイン。60年代のヒッピームーブメントでの大麻やLSD。ギャングスタのクラック。セカンドサマーオブラブのエクスタシーつまりMDMAと、時代やシーンによって使われるものは違うが、ドラッグは音楽とそのカルチャーに分かちがたく結びつき、シーンを形成してきた。

 

現在の日本で、音楽とドラッグの関係をもっとも色濃く反映させたアーティストとして真っ先に思いつくのは、舐達麻をおいて他にいないだろう。麻を舐める達人というその名前の通り、大麻は彼らの存在において中心的なものとなっている。

 

それは、もちろんリリックにおていも顕著だ。「何処にも行かず此処でマリファナを嗜んだ/誰が居ても構わず/煙を吐いた」(GOOD DAY)、「毎日毎日スモークするマリファナ/俺が育ててる/俺と仲間達で育ててる」(BUDS MONTAGE)というように、彼らの世界において大麻は日常的にそこにあり、自分達で育て毎日使うものなのだ。

 

また、彼らの大麻に対する考え方は、典型的な大麻解禁論者とは一線を画す。多くの大麻解禁論者は、大麻は健康に対する害が少なく、依存性が低く安全だと説明し、大麻を禁止することに合理的な理由はないと主張する。しかし、舐達麻は違う。「依存性あり、だから何」(BLUE IN BEATS)である。依存性があろうが、安全性が低かろうが、法律で禁止されていようが、そんなことは彼らが大麻を吸う上では何ら関係ない。それが舐達麻を舐達麻とたらしめるアウトローの生き方なのだ。

 

大麻の栽培と所持は日本では犯罪とは言え、誰かに直接迷惑をかけるような種類のものではないとも言えるだろう。一方で、舐達麻は過去に金庫破りを行い警察に追われ、車で逃走時にコンクリートに激突しメンバーの104を亡くすという痛ましい事件を起こしている。この事件をリリックにしたのが『FLOATIN’』だ。

 

尾崎豊が『15の夜』で唄った「盗んだバイクで走り出す」というフレーズは、学校や家庭に縛られて自由にならないと感じる若者が、その自由に憧れや共感を示すものだが、現代の若者は「盗んだバイク」という時点で拒否反応を示し共感ができないという話がある。この話がどれくらい本当で普遍性のあるものかは定かではないが、法を破ることや、他人に迷惑をかけることを極端に嫌う今の日本社会に、なぜ舐達麻のアウトローは受け入れられたのか。YouTubeの『BUDS MONTAGE』が4600万回再生*1されているのみならず、なぜ地上波のテレビ番組*2 にも出演することができたのだろうか。

 

それはポピュラー音楽研究者の大和田俊之が言う*3ように彼らの持つ<詩情>、つまりポエジーの力に他ならないのではないか。社会と反社会という二項対立において、近年、強く嫌忌される反社会的な行動であっても、その<詩情>によって、幅広いリスナーからの支持を集めることができることを示したのだ。つまり、舐達麻は自身のアウトローとして生きる哀愁とビート、リリックが一体となった<詩情>の力によって、この二項対立を脱構築し、常識の外側に行くことができたのだ。なにも法を破ることやアウトローであることが常識の外側ではない。法を破ってもアウトローであっても世間に受け入れられたことが常識の外側なのだ。

 

ALLDAY / 舐達麻(prod by GREEN ASSASSIN DOLLAR)。2023年7月時点での最新曲。BUDS MONTAGE以来2年ぶりのGREEN ASSASSIN DOLLARのビート。7/11のMI_Dのトークによると曲は常に作っており、10曲程度が同時進行中とのこと

 

舐達麻のそれとはまた違った方法で、常識の外側を目指すアーティストがいる。それが食品まつり a.k.a Foodmanだ。食品まつりは、あらゆる音楽が出尽くしたと言われ、過去のスタイルからの引用と組み合わせのセンスでなんとか新しいものを生み出そうとしているこの時代において、未知の音楽、ビートを探し続けているアーティストの一人だ。

 

食品まつりは誰の真似でもないユニークな音楽を制作するために、自身が起こすエラーを活用すると話す。「すごいエラーが起きやすい人間。エラーが音楽的にいい方面に転ぶときがあって、そのエラーを別の視点の自分で編集する」*4と語っている。つまり自身のこれまでの蓄積や常識からは出てこない音を機材の操作ミス等によって偶発的に発生するエラーに求め、そのエラーを自身の音楽的な感性で編集するということだろう。

 

しかし、いくらエラーを起こしやすい人間と言ってもユニークなエラーというものがいつも起こるものだろうか。また、音楽的には外れ値であるエラーを自身の価値観のままで音楽的に良いと受け入れられるものだろうか。もし意図的ではなくエラーを多発させ、それを受け入れる自身の価値基準を変える方法があるとすれば、例えばそれはドラッグを使うことだろう。ドラッグでの酩酊により機材の操作ミスを起こしエラーを発生させ、意識を変革させ音の感じ方を変え価値基準を変えるのだ。そして食品まつりにおいてのドラッグとは、2016年にそのヤバさに気づいたというサウナだ。

 

食品まつりはTimeoutのインタビュー*5 で初めて正しい入り方でサウナを体験したときのことを、これは現代のサイケデリックカルチャーだと発言している。また、イギリスのメディアFACT magazineの人気企画『Against The Clock』*6には横浜のサウナから出演しており、「サウナで頭の中を真っ白にしてそこからトラックメイクをするといい曲ができる。いつもそんな感じでやっている。」との発言もあれば、LAの<Sun Ark Records>から2018年にリリースされた『Aru Otoko No Densetsu』ではそのものずばりの『Sauna』という曲や、ニューヨークの〈Palto Flats〉より2018年にリリースされた『Moriyama』には『Mizuburo』という曲もある。

 

こうした発言や曲名からも分かるように、食品まつりは自身の音楽と現代のサイケデリックカルチャーだと言うサウナを完全に結びつけている。そして、そのサイケデリック体験を引き起こすべくドラッグとなるものは、舐達麻や多くの先人達が使った法で禁じられたものではなく、むしろ健康的なイメージさえあるサウナだ。つまり、彼は音楽とドラッグというカルチャーを継承しながらも、ドラッグを使用することの社会/反社会という二項対立をサウナという反社会ではない手段によって軽やかに脱構築しているのだ。

 

サウナ以外にも食品まつりが関心を寄せるものは、最新アルバムである『Yasuragi Land』のリードトラックでもある『Michi No Eki』(道の駅)や、『Minsyuku』(民宿)、最近本人がSNSでも盛んに言及している『Aji Fly』(アジフライ)と、サウナと同じように日本の地方都市にも見られる土着的でクールと呼ぶには程遠いものばかりだ。

 

それでは、食品まつりがドラッグであるサウナを用い、道の駅や民宿、アジフライという非都会的であり、非システム的かつ非資本主義的なものを持ち出し、目指ものとはなにか。それはやはり現在の我々に不可避なシステムとして存在する資本主義の外側ではないかと思う。

 

それは『Yasuragi Land』がKode9主催の<Hyperdub>からリリースされたことからも見てとれる。Kode9ことスティーブ・グッドマンはウォーリック大学で哲学を専攻しており、「加速主義」の提唱者として知られるニック・ランドに師事し、ランドと彼の学生の哲学の実践の場であったサイバーネティック文化研究ユニット(Cybernetic Culture Research Unit: CCRU)*7にも参加していた。最終的に同大学で哲学の博士号を取得しているKode9は、食品まつりの音楽のユニークさのみならず、システムの外側を目指すその態度をも感じとっているのではないだろうか。

 

いずれにせよ、食品まつりは既存のシステムに対して反システムとして二項対立に持ち込むのではなく、誰もが見逃していたあるいは見捨てていた土着的でかつ非システム的なものを持ち出し、軽やかにシステム/反システムを脱構築することで、この世界のシステムである資本主義の外側、常識の外側を目指しているのだ。それは資本主義のプロセスを加速することによって資本主義を破壊しようという試みよりも、より実践的な外側を目指す試みではないだろうか。

 

Foodman, Michi No Eki feat. Taigen Kawabe。1:40では「あ、間違えた」と作為的に起こしたと思われるエラーを取り込んでいる。

 

*1 2023年7月時点 https://www.youtube.com/watch?v=zaBp1Jh3Bkc

 

*2 2023年7月11日の深夜にフジテレビで放送された

M_IND https://www.fujitv.co.jp/m_ind/

 

*3 日本語ラップの現在(3)大和田俊之 舐達麻 激しさの奥に潜む哀愁

https://www.nikkei.com/article/DGKKZO63858480V10C20A9BE0P00/

 

*4 2017年1月6日放送 特集 国内外で注目集める 新しい価値生む 孤高の電子音楽家 TV 神奈川

 

*5 サウナと創作 / ある男の蒸されエクスペリエンス、食品まつりの記憶の物語

https://www.timeout.jp/tokyo/ja/foodman-sauna

 

*6 Foodman (食品まつり) – Against The Clock

https://www.youtube.com/watch?v=sXIGR5_qC48

 

*7 CCRUやニック・ランドについては、木澤佐登志著 ニック・ランドと新反動主義 現在世界を覆う<ダーク>な思想 第3章ニック・ランドに詳しい

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