2022年の愛の現状|PICNIC YOUがニューシングルを2曲同時リリース

「die 4 u」のMV公開

 

 

PICNIC YOUがニューシングル「i can’t stand alone」と「die 4 u」を2曲同時セルフリリース。さらにメンバーの下田開登が制作した「die 4 u」のMVを公開。

 

ラップユニットであるPICNIC YOUは、2021年9月にビクターエンターテイメントのレーベルCONNECTUNEより3rdシングル「Underdogs」を、同年10月にEP『Life Without Buildings』をリリースしており、今回のリリースは約1年ぶりの新曲発表となった。ジャケットデザインは山田春日、写真はperfect young ladyが手掛けている。

 

「 “i can’t stand alone” “die 4 u” はこれまでPICNIC YOUがモチーフとしてきた他者との関係性をめぐる思索を更に強調した作品となっている。前者は光がさすような温かみのあるトラック上で開いていく愛について、後者はスピード感のあるトラックの上で閉じていく愛についてを歌っている。サウンド面では、ロック的なダイナミズムとクラブミュージックとの接続を目指した楽曲となっている。2022年の愛の現状。」

– PICNIC YOU

 

 

 

PICNIC YOU – i can’t stand alone

Release date : 5 October 2022

Stream : https://linkco.re/Gt0SHzPY

 

 

PICNIC YOU – die 4 u

Release date : 5 October 2022

Stream : https://linkco.re/81p06DEp

 

 

<以下、PICNIC YOUが配布しているZIZEより抜粋した今回の2曲に向けた田嶋周造によるエッセイ>

 

こんなエッセイはあまりにもナイーヴ過ぎるだろうか?

 

あいつらは愛を人質にとって身代金を要求している。愛の伝道師が生まれたときからの数え年を生きているというのに。不健康な隣人愛の中、昨日起きたテロ。キリストの言うことなんて…

 

あいつらは君自身を人質にとって身代金を要求している。金で買った寂しさだよこれは。交響する沢山の顔の中に私の姿を見つけて、驚きと喜びと戸惑いと共にそれを受け止めていたいのに。

 

あいつらは未来を人質にとって身代金を要求している。まるで人生っていうつまらない本を読まされているみたいだ。創刊号だけ安くて、最終号は約束されず、途中でやめたら単に損する仕組みで、なんで始めたのかわからなくなる。ガラクタだけが手元に残る。黙示録が流行るのは皆最終審判を求めているからだ。

 

あいつらは欲望を人質にとって身代金を要求している。自分自身で欲望することがどれくらい残されてるだろうか。

 

別に「あいつら」と自分を切り分けて、自分を聖者に仕立て上げたいわけじゃないけど、敵を見誤りたくはないから。おれは昔からゲームがよくわからなかった。なぜならゲームには必ず作ったやつがいて、そいつのさじ加減でどうとでもなる世界なのに、なんで頑張るのかわかんないから。おんなじ理由で現実も嫌いだが事態はもっと複雑で、もはや「あいつ」とも名指せない非人称的なシステムが俺たちを競い合わせており、なんで?と言ってる余裕はなく、おれも含めプレイヤーに貶められた人間は、出口もなければ終わりもないゲームの中で、段々敵がわからなくなってくる。最近は敵を見誤った人間によるリアルな殺し合いが多発している。

 

北米の大半のポップミュージックやその精神的影響下にある音楽は、集団赤ちゃん返りをしているような有様。始まりの全能感とそのノスタルジーを歌っているだけで持続を問題にしない。キラキラしたものはこの世界には確実にある。おれも君も何度も見た。でもその持続を考えると暗い気持ちになる。金が必要。終わりの始まり。

 

絶望を歌うことが得意になってはいけない。音楽に罠があるとすれば、そのひとつは無くしものを歌って得られる全能感だから。悲しみにすら中毒する迷子。そこにエモーションがあればなんでもいいというはしたない連中はこの罠にはまりがちだ。あなたを癒すように見えるものが、実はあなたを苦しめる元凶であることはよくあることだ。

 

スマートフォンが運ぶウイルスで人々は世界中で発熱している。その症状として歌ったり踊ったり語ったりしてまた拡散する。もう少し平熱になった方がいい。見知らぬ人々との交換にさしむけられるより、ただひとりのあなたと交感していたい。まあおれも昔の熱病に浮かされているだけかもしれないけれど…

 

おれには詩の才能がない。未だに、例え話、ぐらいに思っているから。これまで話してきたことに断じて例え話なんて無い。あとこれはカッコよく思われる為に書いてるんでもない笑。それならばこんなことわざわざ言わないから。何も言わず天使の装いをし、気まぐれな施しをするだけなら、戯れに愛され、そして忘れられていくだろう。

 

西暦2022年分の迷惑メールに書き込まれた無数の愛の言葉。それは、生まれた時から寂しい君の顔の前にぶら下げられたにんじん。

 

愛は必ずあなたとわたしの分離のあとにやってくる。個人的な話をすれば、ここ数年は苛烈な自己破壊の季節だった。「僕は君じゃないんだ」……映画「ファイトクラブ」では、主人公は己の中二病的誇大妄想を自らの手で破壊した後(タイラーダーデンは不能感に陥った主人公の、その逆の極としての誇大妄想が見せた幻に過ぎなかった)、ラストシーンでやっとこれからの愛が仄めかされる。もしもわたしの幼い欲望が成就して、全てがわたしのもとにひとつになってしまうなら、わたしはあなたの姿を見つめられない。それよりも、居心地の悪さを感じながら、いつも初めて見るような顔をしたあなたと過ごす方法を考えなくては。野蛮なわたしの肖像と、不気味なあなたの肖像を描き続ける。そこから新鮮な驚きと共にいることの喜びを取り出さなくては。

 

 

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