2022/06/07
dariacoreは死んだのか
text by namahoge
visual by naka renya
新たなディケードが始まったばかりの2021年、「dariacore」という音楽が一部のマニアの中で話題を呼んだ。
ことの発端は2020年の末頃、SoundCloudの「leroy」というアカウントが矢継ぎ早に投稿した「#dariacore」と冠されたシリーズにある。その狂躁的なサンプリング音楽がインターネットを伝播し、leroyを倣うプロデューサーたちが#dariacoreのタグを付けた楽曲をハイペースで投稿することで、僅かな期間でdariacoreは裾野を広げていった。
このサンプリング音楽について、2021年10月に筆者がインタビューした、国内でいち早く実践を試みたトラックメイカー・hirihiriの言及を引用する。
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――dariacoreとは一体何なのでしょうか?
僕も全容が分かるわけではないですが、すごくムーブメントとして面白いんですよね。
まず、dltzkというhyperpopの有名なアーティストがSoundCloudに作ったサブ垢(筆者注:leroyを指す)があって。そのサブ垢が投稿する楽曲全てのジャケットに、dariaというアメリカのカートゥーン・アニメのキャラクターが写っていて、タグには「dariacore」って付けてあるんです。
アニメだったりゲームだったり、好きなキャラクターやテーマを選んで「◯◯core」と名付けることがミームになって、現在ムーブメント化しているという状況ですね。
――Sound Cloudを見ると、マイ・リトル・ポニーとかポケモンとか、いろんな「◯◯core」が乱立していますね。音楽的にはどんな特徴がありますか?
nightcoreやbootlegのようなサンプリング音楽が基本ではあるのですが、10代の人が多いからか、聞き慣れないめちゃくちゃなアレンジが入っていたり、その世代がナチュラルに聞いているhyperpopがサンプルになっていたりすることが多くて。なんというか、自分に合っている感じがするんですよね。
(『hirihiriインタビュー hyperpop、futurebass、dariacore…気鋭クリエイターが語るネット音楽の最前線と「音割れ」論』Soundmain / 2021.10.27)
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このようにleroyが創始したdariacoreは、既発曲をSoundCloudの混沌に放りこむサンプリング音楽であり、同時にキャラクターの皮を被るネットミームであるという両義性を有する。そしてその無軌道な新ジャンルは、より過激な音楽を求めるキッズたちによって支持され、複製された。
しかし先日、leroyが自ら「dariacore」に終わりを告げた――たった1年の命であった。十分に検討される間もなくオンライン空間に伝染したこの狂躁は、一体なんだったのか。
本稿ではその音楽的特徴や文化的側面を説明すると同時に、過去の“ネットミーム的サンプリング音楽”を例にあげながら 「dariacore」というムーブメントを紐解いていく。
逸脱と服従のサンプリング音楽
第一に、dariacoreはサンプリング音楽である。当たり前のようだが、ことインターネット空間において、サンプリング音楽は珍しいものではない。Vaporwaveのようにリリースされて数十年経ったものを掘り起こすものもあれば、SoundCloudのBootlegカルチャーのように巷のヒットソングを即座に素材化し、アンダーグラウンドに引きずり込むものもある。こうした無節操なインターネットの文化的土壌に根ざしているのがdariacoreであり、数多あるサンプリング音楽のジャンルの一つであるといえよう。
そんな中でもleroyが影響を公言しているのが「SoundClown」という、2010年代半ばにSoundCloud上で流行し、複数のポップソングとミームを接合させたジョークとしての音楽だ。たとえば「epic sax guy」のミームに始まりLinkin ParkとSkrillexとKendrick Lamarが同一のシーケンスの中で共演するような、インターネットキッズの白昼夢が顕現したのがSoundClownというムーブメントであった。
もしあなたがニコニコ動画に熱中していたキッズだったのならば、このキメラのようなサンプリング音楽に親しみがあるのではないだろうか。ニコニコ動画で人気を誇る「音MAD」は、アニメやゲーム、テレビCMといった動画素材を編集した二次創作コンテンツだ。ドナルド・マクドナルドが「東方Project」のBGMで奇妙な歌と踊りを披露する動画を筆頭に、元の創作物が有するオフィシャルな文脈を意図的に脱線することが音MADの主題であり、そのナンセンスこそがニコニコ動画という共同体に通底する皮肉的態度を端的に表している。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm31595690
(『。』ニコニコ動画 / 2017.07.19)
グローバルなヒットソングを用いたSoundClownにしろ、プラットフォーム内のミームを用いた音MADにしろ、オリジナルからの“逸脱”が意図されたサンプリング音楽は、本来交わるべくないものが接続され、本来接続されていたものが解体される。ここで重要なのが、その“逸脱”を図る個々のサンプルを繋ぎ止め“服従”させているのが、音楽にほかならないということだ。
SoundClownも音MADも、特に人気を集める作品は、継ぎ接ぎの一本のシーケンスが総体として高い音楽性を獲得していることが指摘できる。ニコニコ動画で頻繁に用いられる「謎の中毒性」という評価は、個々のサンプルを指すのではなく、実質的にシークバーを推進する音楽に向けられていることが多い。極端な例では、以下の「柴又」という人気動画は非常にニッチな素材を使用しているにも関わらず「音MADの教科書」というコメントが開始0秒時点に並んでいるように、その傾向を顕著に示している。
https://www.nicovideo.jp/watch/sm19158004柴又
(『柴又』ニコニコ動画 / 2012.10.20)
話を戻すと、dariacoreにおいても同様の指摘ができるだろう。インターネットキッズの間で共有されるアンセムを継ぎ接ぎするサンプリング音楽である一方で、その総体は躁的なダンスチューンとして屹立している。コピーを組み合わせたジョークである一方で、オリジナルな音楽性を勝ち取っている。
ではdariacoreのオリジナルな音楽性とは一体何か? dariacoreは「hyperpop/digicoreのマイクロジャンル」として位置づけられることも多いが、高いBPM、割れた音像、目まぐるしい曲展開といったマキシマリズム的ポップミュージックの文脈を引いている。ことさら特徴的な技法として、スネアやキックといったビートを、他の音を遮って主張させるDTMの処理がある。ダッキングとも呼ばれるこの技法は、サンプルで編まれたトラックを強引に推進する働きをもつ。
また、leroyはdariacoreを「EDMプロジェクト」として位置づけている。激しいシンセワークを伴うドロップに象徴されるように、2010年代に流行したアッパーなEDMを参照している。「dariacoreはインターネットとビッグステージのEDMとの愛憎を濾過したエレクトロニック・ミュージックだ」と評するものもいるが、シーンを担う10代のプロデューサーたちはEDMを懐メロとして腐す一方で、その憧憬によって新世代のEDMを形作っている。
さらに付言しておきたいのは、leroyが影響源としてVektroid(Macintosh Plus)の「Sick & Panic」を挙げていることである。ここでVaporwaveの創始者の名が挙がることに驚くが、そのグリッチを多用するDTMテクニックが引き継がれていることは一聴して理解できるだろう。
覆面を被るネットミーム
第二に、dariacoreはネットミームである。leroyが「あまりにも長く続いた冗談」と語るように、dariacoreは覆面を被った集団によるジョークだ。
そもそも「daria」とは、90年代後半に放送されたカートゥーンアニメ『ダリア』に由来している。だが、この感情を持たぬ少女・ダリアがジャンルの名を冠していることに意味を見出そうとしてはいけない。なぜならこれこそがleroyの「冗談」であるからだ。
それまでオリジナルソングを発表していたdltzkにとって、leroyの名義でサンプリング音楽を発表することはあくまでサブアカウントを用いた息抜きのはずだった。投稿した全ての楽曲に『ダリア』のスクリーンショットを貼り付け、ハッシュタグで「#dariacore」と称することは、素性を隠しインターネットの有象無象に姿をくらまそうとする行為だったのである。
どうしてleroyがdltzkのサブアカウントであることが発覚したのか、詳細な経緯を筆者は知らない。少なからず2021年5月にはdltzk自身のbandcampで『Dariacore』と題したコンピレーションアルバムを発表したことで素性を明らかにしている。
ともかく、自身と無関係のイメージを借用することはインターネットならではの覆面的振る舞いとして、また「◯◯core」というエレクトロニック・ミュージックの分派を示す接尾辞を付けることは、有名無名に関わらずジャンルのオーナーシップを握る手段として、数多くのフォロワーを生み出すに至った。
かくして誕生したのが「#dariacore」というネットミームである。ある者は『おかしなガムボール』のキャラクターから「#darwincore」を、ある者は『リトルマイポニー』から「#ponycore」を、ある者はマリオシリーズのクリボーから「#goombacore」を立ち上げた。
最近では先述の音楽的特徴のみを指してdariacoreをジャンル的に解釈する向きもあるが、「#[キャラクター名]core」のネットミームがなければここまでのムーブメントとはならなかっただろう。クリエイターがアノニマスであることはゴシップとなるのだ。
よく類似したムーブメントとして、架空の動物たちによるクルー「FoFoFadi」の例がある。Trippy Turtle、Disco Duck、Pretty Pandaといったナンセンスな名前の動物たちがSoundCloudにR&B楽曲のJersey Clubリミックスを投稿したのは2013年のことだ。楽曲の完成度もさることながら、中にはすでに著名だったアーティストが変名を使って潜んでいたことが(そのことは公然の秘密であったが)ゴシップ的な注目を集めた。
FoFoFadiによるJersey Clubの再解釈は、その話題性とともにインターネットを伝播した。覆面的なネットミームを伴うものでは「Pokecrew」なるポケモンのアーティスト集団が登場し、日本国内でもネットレーベルを中心にその音楽性が引き継がれることとなった。Jersey Clubの手法はdariacoreでも頻繁に見られ、もはやリミックスワークの定石にすらなっている。
虚像を表象することで出発したサンプリング音楽が一つのジャンルとして確立したものとしては、Vaporwaveも同様である。その創始者であるVektroidはMacintosh Plus、New Dreams Ltd、情報デスクVIRTUAL、Laserdisc Visions……その他複数のペルソナを使い分けることで、あたかも大勢の制作者が存在するムーブメントのように見せかけることに成功している。
このように、覆面を被ることはインターネットの草の根的な想像力として育まれてきたのである。もしかすると、サンプリング音楽が覆面を必要とするのは、その行為が抱えるイリーガルな宿命から身を守るためかもしれない。しかしアーティスト自らがステムデータを配ってリミックスを推奨することも珍しくない現代、若きプロデューサーたちが違法性を鑑みることも少なくなっているだろう。
「自分がleroyであることを否定するのは時間の無駄だった」というdltzkのツイートに対するleroyの「WHAT??」という白々しいリプライは、違法な行為から注意を逸らすためではなく、インターネットならではのジョークを無邪気に楽しんでいるだけなのではないかと思える。
はたしてdariacoreは死んだのか
leroyが「dariacoreなんて作っていない」と呟いたことでコミュニティを動揺させたことも記憶に新しいが、その数カ月後「オーケー、これでEDMから一歩退くことができそうだ…。でも楽しかった…!」と残して本当にdariacoreの終了を告げた。
しかしSoundCloudを見れば、#dariacoreのタグは新たな楽曲とともに増殖を続けていることが確認できる。今後このムーブメントが速度を緩めていくとしても、徐々にその要素は融解し、各所に散らばって存在の跡を残していくだろう。事実、dariacoreの音楽的要素をオリジナル楽曲に取り入れるアーティストも活躍している。
また、ここまで見てきたように“ネットミーム的サンプリング音楽”は形を変えては何度も現れてきた。それは複製が容易なインターネットにおける宿命ともいえる。
だから、dariacoreの死を嘆く必要はない。インターネットがある限り、メジャーシーンを腐したい無鉄砲なキッズがいる限り、無節操な音楽を好むファンがいる限り、ベッドルームに脳みそをぶち撒けたい者がいる限り、dariacoreは(きっと)蘇る。
category:FEATURE
2018/07/04
Florian Kupferが自分の曲をサンプリングしているとラッパーのCousin Stizzをインスタで訴えた。 https://www.instagram.com/p/BkyAsdHHz4M/?taken-by=flo_cop 問題となったのはボストンのラッパーCousin Stizzが2015年に発表したミックステープ『Suffolk County』に収録されている『No Bells』。この曲をプロデュースしたのはCousin Stizzの曲を多く手がけるDumDrumz。 ベルリンを拠点にするDJ/プロデューサーFlorian Kupferは自身が2014年にL.I.E.S.からリリースしたEP『This Society』 に収録されている『Resistors』をサンプリングしているとインスタで訴えている。 以下を聴き比べてみよう。 確かに、これはサンプリングしているように聴こえる。サンプリング自体はヒップホップに限らずエレクトロニックミュージックやクラブカルチャー全体にとって欠かせない文化であるのは事実であり、個人的にもサンプリングを使用した楽曲が好きだ。しかしながらトップスターのKanye Westでさえ、先日リリースされた『ye』の1曲目『I Thought About Killing You』において権利をクリアせずにベルリンのエレクトロニックレーベル最高峰のPANからリリースされたKareem Lotfyの曲をサンプリングして騒動になった事も考えると、この問題はまだまだ続きそうだ。 Kanye samples mono no aware smh — PAN (@PAN_hq) June 1, 2018
2022/09/28
ある音を別の音で解釈する Aphex TwinことRichard D. Jamesが発案、エンジニアのDave Griffithsが開発したサンプル・マッチング・アプリ「samplebrain」が無償公開。「巨大な脳のようなものにサンプルを送り込んで、新しい音を再現する」と、Richard D. Jamesが口にしたことがきっかけで生まれた。 「このアイデアはだいぶ前に生まれたもので、正確には分かりませんが、mp3が話題になり始めた2002年ぐらいだったと思う。自分のハード・ドライヴには大量の音源があって、Shazamが公開された時だった。Shazamは何かすごいことに再利用できると今でも思っていますが、その一方で “samplebrain” があります。あなたのPCにあるオーディオ・ファイルの一部分を使って、別のオーディオ・ファイルを再構築できたらどうだろう?アカペラや泡のような泥の音から、303のリフを構築できたとしたら?バカらしい曲を口ずさんで、それをクラシック音楽のファイルで再構築できたとしたら? “samplebrain” を使えばそれができます。」 – Richard D. James オープンソースの「samplebrain」は、処理したいサンプルを「target」、対象のサンプルを「brain」として、それぞれ「block」に切り分けて処理。「block」は類似性によってネットワークに接続され、リアルタイムで「target」を「brain」の音響特性に一致させて再生する。つまり、ある音を別の音で解釈して鳴らすことができるというもの。 samplebrain : https://gitlab.com/then-try-this/samplebrain
2018/11/04
新作『NOT ALL HEROES WEAR CAPES』で北欧のシンガーAnnieの曲をサンプリング。 しばらく沈黙状態にあったアメリカを代表するトッププロデューサーMetro Boominがニューアルバム『NOT ALL HEROES WEAR CAPES』をリリースした。参加ラッパーもGucci Mane、Travis Scott、Drake、21 Savage、Offset、Young Thug、Swae Lee、Gunna、Kodak Black、WizKidなど超豪華絢爛仕様のアルバムになっている。 収録曲の中でTravis Scottをfeatした2曲目『Overdue』を聴くと、イントロからなんだか懐かしい曲がピッチを速めて鳴っている。北欧のシンガー/プロデューサーAnnieの『Anthonio』である。北欧のポップミュージックやインディを聴いてる(聴いてた)人にはけっこうわかりやすいサンプルではないだろうか。
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