What is “ナードコア” / “J-CORE”?ジャンルの変遷、そして未来への萌芽

オタク文化と電子音楽を結びつけた1本の線

 

 

オタクカルチャーに広く根を張る「二次創作」の中でも、音楽と近接した創作物は「同人音楽」という特殊なカテゴリに区分される。これはいわゆるインディペンデント・ミュージックとはまた異なるものとして、1980年代後半~90年代初頭の「DTM草創期」あるいは「家庭用シンセサイザーの普及」などとともに発展した文化であると目される。

 

その中で一際異彩を放ち、オタク発信のファンメイドな創作物でありながらアンダーグラウンドなクラブ・カルチャーと近接したジャンルが存在する。それが「ナードコア」あるいは「J-CORE」と呼ばれる”オタクのためのテクノ”だ。90年代からゼロ年代頃に全盛期を迎え、そして緩やかに衰退していった文化ながらも、現代のネット・ミュージックに今もなお多大な影響を遺している。今回はそんな亜流のジャンルが辿った足跡を、歴史とともに整理していきたい。

 

Text by NordOst

Visual by naka renya

 

 

1. そもそも「ナードコア」とは?

 

「ナードコアとは何か」といった前提の整理や把握は、決して一筋縄では行かない試みだろうと思われる。そのアプローチは”ブートレグ”と呼ばれる既存楽曲のリミックスから、何らかの”ネタ”をサンプリングした上で新たな音楽を創作するものまで幅広く、またファンの情熱が交差することで「これはナードコアだ」「これはナードコアではない」といった論争を呼ぶことも珍しくない。

 

しかしながら、

「テクノ、あるいはそれに派生する何らかの電子音楽を下地とすること」

「アニメ・ゲーム・コメディなど、何らかの好きなモノをネタとしてサンプリングすること」

 

といった要素は、古今東西に広がるナードコアというジャンルが持つ共通の性質として挙げられるだろう。

 

詳しくは2019年に”世界一のナードコア・マニア”として知られるアメリカ人のian氏が刊行した同人誌『イアンのナードコア大百科』か、もしくは氏の執筆していたWeb連載 『面白外人イアンの「謎の文化チガイ」』 などを参照していただきたいところだが、やはりそこでも「好きなネタのサンプリングをもとにしたテクノ」であることが定義されており、大まかな括りとしてはこれに準じたい。

 

「ナードコア・テクノの夜明け」と夜明け前のこと

 

そもそもナードコア、正式名称「ナードコア・テクノ」という言葉が誕生したのは、ジャンルがある程度成熟した90年代後期にかけてのことだ。

 

提唱者は同人音楽サークル「殺人ヨットスクール」を主宰するDJ C-TYPE氏であり、「Nerdが制作したHardcore Techno」を総括するフレーズを単なる冗談として放ったことが発端とされる。諸説あるものの、そんなジョークを明確にジャンルとして広めたのは、やはり1999年2月に刊行された「クイック・ジャパン vol.23」(太田出版)掲載の特集「ナードコア・テクノの夜明け」だろう。

 

伝説的イベント「SPEEDKING@渋谷屋根裏」のレポートに始まりレオパルドン(※高野政所氏、現プロハンバーガー)・DJ急行氏へのインタビュー、各主要レーベルの紹介などが約20ページに渡って展開され、オタク文化を出自としながらもカウンターカルチャーとして突出した特異なシーンの姿に迫った内容だ。これを機に「ナードコア」というジャンル、あるいはムーブメントが広く認知されていったことが推察できる。ただし、前述したようにナードコアの音楽性やパフォーマンスの幅は非常に広いため、それらを画一的にジャンルとして総括するのは些か乱暴なアプローチであるようにも思われる。

 

では、既にシーンが定まりつつあったナードコアが「夜明け」を迎える前まで遡ると、その根底には何の影響があったのだろうか。同ジャンルの代表的存在であるDJ SHARPNEL(SHARPNELSOUND)、レオパルドンなど複数名のアーティストがリファレンスとして挙げているのは「電気グルーヴ」の存在だ。

 

 

日本の電子音楽シーンを30年以上に渡って牽引し続けてきた彼らは1990年にリリースした『662 BPM BY DG』内でアニメや映画、TV番組や既存の楽曲などを大量にサンプリングする手法を発明しており、1992~3年頃にはラジオ「電気グルーヴのオールナイトニッポン」など各所でいち早くハードコア・テクノ/GABBA(当時はロッテルダムテクノと呼称されることも)を取り上げるなど、「ナードコアの生みの親」とも言うべき多大な影響を同ジャンルへと与えた。

 

また、同時期の1993年には国内でいち早くGABBAを主軸とした活動を行っていたレーベル「HYPER RICH」(ナツコアッパークラスト/SONIC DORAGOLGOこと成田光三郎氏が主宰)も誕生し、大胆かつ荒々しい活動ぶりがアンダーグラウンド・シーンで大きな話題を集めた。

 

retracrecordings.bandcamp.com/album/my-sweet-honey-bunny

(SONIC DORAGOLGOの1999年作がUSのDIYレーベルより2021年にリイシューされるなど興味深い動きも。)

 

HYPER RICH自体は厳密にはナードコアに該当しないとする向きも多いものの、その影響や活動スタイル、「アバレテクノ」を掲げた音楽性などを鑑みると、こちらもナードコアの開祖として捉えることもできるだろう。

 

その他の「ナードコア・テクノの夜明け」以前から活動していたレーベル(≒サークル)には<全日本レコード><TOY LABEL><XROGER>が存在し、いずれも活動を継続するか、もしくは新体制として新たなレーベルを立ち上げるなどしてナードコア・シーンを盛んに盛り上げた。

 

以上のようにナードコアとは日本におけるハードコア・テク~GABBAシーンの成立と密接な関係にあるジャンル、あるいはムーブメントでもある。GABBA全体の歴史に関してはC-TYPE氏を筆頭に各シーンの重要人物が編集したwiki「日本のガバ年表」なども参考にしていただきたい。

 

関西で勃興したムーブメント「ヴァーチャコア」とナードコアの関係

 

東京でHYPER RICHが誕生した翌年の1994年頃には、関西を中心にまた異なるムーブメントが誕生した。それこそが、国内ドラムンベース~ブレイクコアシーンの大家・サイケアウツによる「ヴァーチャコア」だ。

 

 

サイケアウツはPublic EnemyやDAF、Meat Beat ManifestoなどのHiphop~EBMからの影響を受けたハードコア・テクノを、ジャングル~ドラムンベースを軸にアニメやゲームといったオタクカルチャーと融合させた独自のスタイルを確立させた第一人者として知られ、1999年には初の苗場開催となった第3回FUJI ROCK FESTIVALへの出演も成し遂げた。

 

なお、中心メンバーの大橋アキラ氏(ex:Mr.ディラック)と赤城エンタープライズ氏(ex:カッタ-HELL)の両名は現在もサイケアウツG(Cycheouts Ghost)としてアンダーグラウンドの最前線で活動を続けている。

 

サイケアウツを中心にカストロ、スーパーヘル、2 Terror Crew、DV8などのユニットが集ったヴァーチャコア周辺のシーンは関西アンダーグラウンドシーンで勢力的に活躍したとされ、なおかつ1990年代後期~2000年代にかけて上述したユニットの関連人物たちが<日本國民><beauty:burst>といった、より同人色の強い”サークル”に合流するなどナードコアとの結びつきも深い。

 

ナードコアの第一人者でありJ-COREの開祖として知られるDJ SHARPNEL氏はGHz掲載のインタビューにてサイケアウツを「アニメネタの地位を確立した神様のような存在」として挙げるなど深いリスペクトを寄せており、直接的ではないにせよナードコアというジャンルの発展に寄与した稀有な存在であることが示されている。

 

2. ナードコアとJ-COREは異なる音楽か

 

1999年のQJ特集「ナードコア・テクノの夜明け」などを受け認知が広まったナードコアだが、非常に近い存在として目にする機会の多いジャンルに「J-CORE」がある。同じくハードコア・テクノを源流とし、かつアニメ・ゲームなどのオタクカルチャーを大量にサンプリングするアプローチで形成される音楽であるが、両者の間にはどういった違いがあるのだろうか。

 

そもそも「J-CORE」とは海外へDJ SHARPNELやm1dy(日本國民)といったアーティストが流出した際に定義された”逆輸入”的な側面を持つ定義である。諸説あるものの、概ね2000年代中頃にかけてインターネット・ラジオやBMS、Stepmania系統の音楽ゲーム、あるいはファイル共有ソフトなどを介して日本のナードコアが海を超えて伝わり、海外で「ハードコア・テクノのサブジャンル」と再解釈されたことで誕生したジャンルと言える。その音楽性はHappy Hardcore、GABBA、Makina、Frenchcore、Hardtekなど数多くのサブジャンルを内包しているものの、概して「日本人的センスを元に作られたハードコア」を総称して用いられることが多い。また、音楽ゲームの広がりと共にその地位を確立していったことなども、ナードコアとは異なる要素である。

 

ナードコアが決して一定のジャンルに定義できない広汎的なムーブメントであるのに対し、J-COREは「ハードコア・テクノの一形態」としてある程度の音楽的な統一性を持っていることが大きな違いであり、ゼロ年代中期以降に生まれた「ナードコア的」な楽曲の多くはJ-COREとして捉えられるだろう(例外として、90~00年代当時のナードコアをリスペクトして意図的に作られたモノは、やはりJ-COREではなくナードコアであると言える)。

 

そもそも「ナードコア」自体がある種のジョークや(自嘲的な)蔑称として生まれたネガティブな要素を内包した定義であるのに対し、「J-CORE」には音楽的な再評価をもとにして誕生したというポジティブな要素が見られることも注目に値するポイントだ。

 

 

ナードコアからJ-COREに至る過程を象徴した<SHARPNELSOUND>の存在

 

そんなナードコア/J-COREの違いをあえて年代に即して捉えるとすれば、やはりそこに関わってくるのは<SHARPNELSOUND>の存在だろう。

 

そもそも同レーベルを主宰するjea氏は活動当初<ガヴァンゲリオン計画(Project Gabbangelion)>や<高速音楽隊シャープネル>といった異なるグループを率いていた。ガヴァンゲリオン時代は(後年の復活を除けば)高専生として地元・奈良を拠点とした時期のごく限られた活動に留まるものの、1998年結成の高速音楽隊シャープネル時代にはMCやプロレス的乱闘を含む多彩なパフォーマンスを行うグループとしてナードコアシーンを大いに盛り上げた。同名義ではSHARPNELSOUNDにて6~7枚のアルバムをリリースしており、コミックマーケットやM3といった同人誌即売会や渋谷のCDショップ<GUHROOVY>などを中心に人気を博した。(※カタログ上ではSRPC-0001~SRPC-0006までの時期がこれに該当する)

 

高速音楽隊シャープネルが解散して以降には一時的にガヴァンゲリオン計画を<新世紀ガヴァンゲリオン(Neon Genesis Gabbangelion)>として復活させ1枚のアルバムをリリースしたのち、その活動は<DJ SHARPNEL>もしくは<SHARPNEL.NET>といった名義へと引き継がれていく。DJ SHARPNELとしての活動がVR上に完全以降するまでの間にリリースされたアルバムは20枚以上におよび、これが「J-CORE」というジャンルを確立する原動力として大きく作用したと考えられるだろう。

 

SHARPNELSOUNDと対を成すナードコア/J-COREの大家「日本國民」の存在

 

SHARPNELSOUNDのリリース・活動を時系列順に追うことでナードコアとJ-COREの境目をある程度捉えることができるが、当然これはあくまでも”シャープネル史観”に過ぎない事柄で、実際には00年代頃までナードコアに分類されるレーベルやアーティストは数多く誕生したし、逆にいち早くJ-CORE的な意匠を形成していたグループも存在した。すべてを正確に把握することは、中古ショップに大枚を叩き過去の音源を回収している筆者のような”後追い世代”には不可能に近い所業とさえ言える。

 

そんな中、SHARPNELSOUNDと対を成す存在として一時代を築き上げた同人音楽サークルとして挙げられるのが、文中で度々名前の挙がった<日本國民>に他ならない。

 

 

日本國民はコスプレ衣装の制作に始まりキャラクターグッズやアパレル等を手掛けるメーカー<COSPA>でグラッフィックを担当した「null500」(※現在は副社長)と広報兼デザイナーを務めた「Lou」によって2001年に設立されたサークルで、当初は同人グッズの制作・販売をメインとして活動していた。そこにm1dyやtabemono(HYPER RICHにてIQ300名義で活躍)などのアーティストが合流し、また「COSPA VS beauty:beast」などでかねてから交流のあったデザイナー山下隆夫氏も関わったことなどから次第に音楽レーベルとしての側面を強めていく。

 

活動自体は2004年頃までの短期間に留まったものの、オタク文化を強烈なカウンターカルチャーとして捉えた彼らはいち早くファッションやクラブカルチャーとの交接を試み、SHARPNELSOUNDとの共同企画「OTAKUSPEEDVIBE」を主宰するなど、さまざまな功績を残している。アニメネタ等を最初期から採用していたドイツのThe Speedfreakの来日や18禁ゲームブランド「ケロQ」にてゲーム音楽を担当していたBlasterhead、現行ハードコア/J-COREシーンで今なお活躍するM-Projectなど数多くのアーティストが集ったほか、ナードコアシーンで活躍したDJ C-TYPEやCHUCKY、サイケアウツの変名ユニットなども出演し、オタクカルチャーとストリートカルチャーの間を紡ぐ伝説的なイベントであったと目される。

 

日本國民周辺のtabemono、m1dy、SHARPNEL、赤城エンタープライズ(サイケアウツ)といった面々が当時生み出した音楽の数々は非常に「ナードコア」的なアプローチに富んでおり、特にいわゆる「エロゲ」を前面に押し出したコンセプチュアルな活動であった。

 

それでありながらも、ビジュアル面をnull500やLou、山下隆夫(beauty:beast/NEVEN)らが固めていったことで、クールジャパンの20年先を見据えた先鋭的なクールさを獲得したことが他に無い独自性として捉えられる。先述した”SHARPNEL史観”に即して言えば、日本國民という存在を以ってナードコアがJ-COREへと移行した、とも考えられなくはないだろう。(実際に2001年6月にHYPER RICH主宰イベント「ハイパーリッチパルス」は最終回を迎え、90年代初頭にかけて誕生したGABBA/Hardcore Techno自体も定着し、社会全体がIDMなどの新たなムーブメントに耳を傾けはじめたタイミングにも重なる。)

 

2000年代初頭はクラブカルチャーが定着し、社会へ広く受け入れられ始めた時期とも重なり、「20471120」「beauty:burst」「fotus」などのドメスティックブランドが裏原宿を中心に迎えられたタイミングでもある。インターネットの発達と共にこれらとオタクカルチャーが混ざり合い始めた過渡期の中、日本國民とSHARPNELSOUNDは次なる時代を見据えて自身の音楽性を更に進化させるための準備を行っていた、とは断定できないものの、その先進性と変遷の気配はかつての作品に内包されている。

 

3. ナードコア/J-COREの先にあるものとは

 

以上が大まかなナードコア/J-COREというムーブメントを時系列で追った際の主なトピックスであるが、その先にはどのような音楽やシーンが存在しているのだろうか。

 

まず考えられるのが「同人音楽シーン自体の発展」だろう。たとえば2002年にWindowsXP用同人ゲームソフトとして誕生した「東方紅魔郷」(上海アリス幻樂団)は、リリース以降「東方Project」という新たなジャンルを2次創作の世界に供給し、特に2000年代後半に誕生したニコニコ動画やYouTubeといった新たなプラットフォームで熱烈に歓迎された。00年代以降のある時代を過ぎると同人音楽のリリースの大半を同ジャンルが占めるようになり、いわゆる「東方アレンジ」だけで1冊のディスクガイドが作れるほどその規模は巨大なものとなる。

 

あるいは<Maltine Records>に代表されるネットレーベルの同時多発的な誕生や、Bandcamp、SoundCloudのサービス開始以降のアニソンBootleg文化の発展などにもその影響は確実に現れている。また、00年代後半~10年代以降にもDJ TECHNORCHやSpy47(MOB SQUAD TOKYO)などのJ-COREアーティストや<HARDCORE TANO*C><LOLISTYLE GABBERS>といったJ-COREレーベルが多数登場しており、逆にXROGER/八卦商会といったナードコアサークルは<はんだやレイヴ>に名を変え現存し、イアン氏のような熱愛をもって過去のアーカイブを復活させんと試みる存在も一定数存在している。

 

国内/外、同人音楽/インディーなど、さまざまな差異こそ存在すれど、ネット・ミュージックとも総括すべきこれらのDIYな音楽シーンの根底には「リファレンスとなった作品への愛を込める」というファンメイド的な意匠や「作品やデータベースの繋がりを重視する」というコンテキストに根ざした創作方針が横たわっている。これは実に、ナードコアが抱えていた「好きなモノでハードコア・テクノを表現する」といった共通項に親しいのではないだろうか?

 

AVYSSでも盛んにクローズアップされる<dismiss yourself>などの新興レーベルがYouTubeでのレア音源アーカイブからスタートしたことなども非常に示唆に富んだ動きに見え、またこれら海外ディガーの視線はたびたびSHARPNELやサイケアウツ、HYPER RICHなどに向けられている。

 

<K/A/T/O MASSACRE>などのアンダーグラウンドな場にて貪欲に求められる「新しさ」は、案外こうした傍流の音楽やカルチャーに存在しているのかもしれない。

 

と、信じてNordOstは今日も血走った目で駿河屋の入荷リストやBandcampのリリース情報を見つめている。クラブという装置を離れても尚ダンス・ミュージック的な性質を残すもの、または一転して音楽作品としての独創的と革新性を求めたものなど多種多様だが、それらすべてがオタクの心に突き刺さり続けてやまない。

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