Jesse Osborne-Lanthier『Left My Brain @ Can Paixano (La Xampanyeria) OST』Review

人生の断片のサウンドトラック

 

 

Text by Dirty Dirt

 

モントリオール在住のJesse Osborne-LanthierはAVYSSではおなじみなはず。AVYSSがはじまったときのマーチャンダイズのTシャツとコーチジャケットはJesseがデザインしたものだったし、これまでに何度かリリースや来日情報が取り上げられている。とくにデザインのしごとに関しての記事は、他の国のメディアにもみあたらないのでは。

 

https://avyss-magazine.com/2018/06/04/82/

 

そのJesseの新作がイタリアのミラノに拠点をおくHaunter Reordsからリリースされ、しかも28曲2LPといった大作で、2月にデータを送ってもらってそれから幾度ときいたけれども、いまだになにが起こってるのか読み解くまでにさらに時間が必要なくらいの濃さ、複雑さ。このアルバムの制作の経緯についてはHaunter RecordsのBandcmpページにかなりの長文でかかれているので、ききながらでも一度目を通していただければとおもいながら、こんなしっかりとしたレビューがすでに存在しているのにわたしはなにを書けばいいのか、Jesseよ。

 

まずはこちらが知ってるJesseのことをいくつか。

 

わたしがJesseのことを知ったのはBernardino FemminilliとのユニットFemminielli Noirの2013年リリースのカセットテープ “Etoile” が最初で、その年はDirty BeachesがBIG LOVEの企画で来日したり、Marie DavidsonとRamziがそれぞれソロでは初のカセットテープをリリース、Bataille SolaireがConstellation Tatsuからカセットをリリースした年だった。Hobo Cubes、FDGなど様々な名義であらゆる国のカセットレーベルからリリースを重ねていたFrancesco De Gallo、彼のレーベルHobo Cult、そして彼らモントリオールのアーティストの作品やOrange MilkのSeth GrahamなどもリリースしていたLos Discos Enfantasmesなどカセットテープをかなり追ってるようなものしか触れてなかっただろうモントリオール地下のシーンが、世界に広く知られはじめる瞬間だった。

 

その後はFemminielli NoirとしてパリのMind Recordsからリリース、ソロではUKカセットテープ流行の起爆地となったWhere To Now?  、名門Raster Nortonから12インチなどリリースを重ねるなか、こちらにとって一番印象に残っているのはHalcyon Veil からのカセット “As The Low Hanging Fruit Vulnerabilities Are More Likely To Have Already Turned Up” で、このあたりから彼と世界各地の先鋭的なレーベルや人とのつながりが見えはじめた気がする。

 

ことしに入ってからは、City名義で活動するヴァンクーヴァーのWill Ballantyneと、Essaie PasとしてMarie Davidsonと活動しFeu St-Antoine名義でアルバムをリリースしたPierre GuerineauとともにレーベルÉditions Appærentを立ち上げ、彼らとつながりのあるひとたちをリリースしていく予定だそうだ。

 

自らの音楽の制作だけでなく、AVYSSで特集されたようなデザインのしごと、さらに数々の作品のマスタリングもこなしていて、直近ではUnseelieからのHimera “More Than Friend” のマスタリングも彼の手によるものであり、現在の先鋭的な音楽のシーンにおいて欠かせない存在で、モントリオールに滞在していたKazuki Koga、ベルリン時代をともにすごしたIku Sakan、Broken Call RecordsからのコンピレーションでいっしょだったCVN、Absurd TARXからのNicolòとemamouseの共作もJesseがマスタリングを担当していたりと、日本にも関わりのあるアーティストが多数いる。

 

そろそろ作品についてのはなしを。

 

“Left My Brain @ Can Paixano (La Xampanyeria) OST” というタイトルは、Can Paixanoという旅行で訪れていたスペインで通っていたレストランのなまえで、その頃がこのアルバム制作の起点になる。そのスペインからはじまり、自宅のあるモントリオール、ベルリン、ミラノ、ニューヨーク、パリ、ストックホルム、上海、そして日本とツアーや旅行で訪れたところで制作された音の断片を、最終的にモントリオールのスタジオでBataille SolaireことAsaël Robitailleの協力を得て完成、制作年月は5年におよぶという途方もない作品で。実際、12曲目の “No Nobles just added to their story” のように2018年のK/A/T/O MASSACREでのライブにて披露された曲の断片もふくまれていて、あの時つくっていたものだと思い出したりした。

 

Jesseは日本のゲームやアニメのOSTのコレクターでもあり、来日した際は中野、秋葉原の中古ゲームCD店をツアー、そしてそれらコレクションの写真をあげるInstagramのアカウントまでつくっていたり、実際に所有しているCDの音源のみをつかったミックステープも今作とおなじHaunter Recordsからリリースしてしまうくらいで、機会があればゲームのOSTを作りたいとはなしているので、タイトルにOSTとあるのは彼らしい。

 

音自体は立体的で空間の広い電子音響のなかで、EDM、トランス、メタル、グライム、アンビエント、フィールドレコーディングされた物音まで、様々なジャンルの断片が代わる代わる交わり、その交わり方は大胆で唐突で、その唐突すぎるとおもわれる展開、ところどころ一気に駆け抜ける打撃の連打の余韻のような空白にも音の流れがあり細部までが非常に繊細につくりこまれている。

 

それぞれの曲のタイトルにあてられたことばは彼の個人的な関わりのあることがらで、Haunter RecordsのボスHeathことDaniele Guerriniや、Evolの元メンバーでもありHaunter RecordsからもリリースしているRubén Patiñoなど関わりの深いひとのなまえから、彼の住む地域のVillerayという地名がはいってきたりとかなり具体的なこともふくまれている。それぞれのタイトルにある言葉と、音がどのように結びつくのかは、おおよそ体験した本人しかわからないけれど、パートナーであるMadisonに捧げられた “Aegis (For Madison Justine Dinelle)” は厚みのある音のゆらめきが荘厳でありながらあたたかみもかんじるアンビエントで、揺らぎない愛をかんじる。

 

 

全体の構成も長尺で展開の多い曲がつづいたとおもえば、30秒ほどのブリブリとした打撃が疾走する曲がつづいたりと場面の展開もおもしろい。

 

そしてこれらの曲ただ難解なだけの実験音楽としては存在していなくって、中盤のトランスの上音だけがなってるところや様々なビートのおもしろさ、空間を切り裂くような鋭利な電子音、彼のパフォーマンスをみたものはわかるとおもうけれどこのアルバムの曲の断片をガバやハードコアにあわせてみたりと、しっかりと今現在のポップな雰囲気を持ち合わせていて、そのあたりはCVNをきく感覚と近い。

 

各地で制作した音の断片と、彼のまわりの人物や出来事の記憶を結びつけ、それを5年のあいだ何度も反芻し解体し再構築を繰り返し、さらにAsaël Robitailleもそこに手を加えて、元の断片はかたちをかえてゆき、そこに結びつけられた現実の出来事の記憶もその音の変化とともに物語に変化と強度が加わり、Jesseという人物のここ5年の人生をすこしダイナミックに描いた物語のOSTのようなものになっている。ひとひとりの人生のことだから、それはもちろん複雑でいろいろな側面があり、到底一度や二度きいただけで理解できるものではないし、2LPという大作になったのも、語りきれなくって3時間とかになってしまった映画のようなものである。

 

5年の制作期間を経ていざリリースとなったけれど、冬にドイツ、イタリアとヨーロッパツアーの最中にコロナ禍にみまわれて途中帰国を余儀なくされ、帰国したのちも2週間の自宅隔離、Haunter Recordsの拠点イタリアももちろんコロナ禍の影響を受けて、春予定だった今作のリリースも9月にずれこんだ。いっしょにすごしていたはずのHeathがすばらしいMVを制作したりと、完成したあともさらに物語が与えられる。

 

 

縁があって2018、2019年の東京滞在時はわたしの家に滞在していたんだけれど、中野や秋葉原へいったあと西荻窪の焼き鳥店『戎』へ毎日通い、そのあとスナックのような小さい居酒屋で閉店まで飲み、帰宅してからもさらに飲んでいた。モントリオールの自宅ではぬか床で漬物をつけたり『戎』で食べた焼き鳥を再現しようとしていたりと、ゲーム、アニメーションだけでなく、日本の文化への愛があふれていて、こちらはつたない英語とフランス語を混ぜながら音楽やアニメのはなしから、それぞれの国の政治のはなしなどしてすごした。ことしのBLMの運動がはじまったとき彼とのやりとりで学んだことは多い。4月から日本語教室へ通い、今年の秋にはハネムーンで再来日するはずだったのが現状ではいつ再会できるのか。それまで、彼のここ5年のOSTをきいて待とうとおもう。

 

 

Jesse Osborne-Lanthier – “Left My Brain @ Can Paixano (La Xampanyeria) OST”

Label : Haunter Reords

Release date : September 8 2020

Bandcamp : https://jesseosbornelanthiernoir.bandcamp.com/album/left-my-brain-can-paixano-la-xampanyeria-ost

 

Tracklist

1. Catchment Areas (Spiritual Pollution)

2. Self Care, Covered in Potting Soil

3. Bass Skull Freq

4. Aegis (For Madison Justine Dinelle)

5. Scamming Shaman Pin

6. What Dreams Are Made Of (To Live and Love in Villeray)

7. Separation Anxiety (Ghosted by R)

8. Plump Then Worldwide

9. Mutek Baloné

10. Always Thought There’d Be (For Arna Salsa Salad and Rubén Patiño)

11. Heat and Salinity

12. No Nobles just added to their story

13. L’Ode aux Millénaires

14. Godlike Paywall

15. Supercritical Liquid Information

16. GMAX Corp Staff Gym

17. Disused Leisureplex

18. Trailer Trope Gank

19. S.H.A.D.O.W.F.X.U.N.I.T. Preset Police

20. Neck Soap

21. A Soft Skill (Commensalism)

22. Hypochondria Leaflet

23. Quality Of Life Trance

24. Besetting Fugue (For Daniele Guerrini)

25. Sarcoline (Maman)

26. IT5INYR-H34RT feat. v1984

27. Eh Op He Op Ho Pe Oh Pe Op Eh Op He Pe Ho Pe Oh

28. Cable Car feat. Marie Davidson

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