無機物への愛をそのままに、有機的な身体性を考える|パソコン音楽クラブ x tomad interview

内省的空気と身体性ハイブリッド

 

 

「DTMの新時代が到来する!」というテーマでパソコン音楽クラブが発足したのは2015年のこと。あれから9年が経ち、コンスタントに作品を送り出すなかでふたりは「インディー的な宅録作家」という枠組みの外側へとひたすら躍進していき、エレクトロニクスとクラブ・ミュージック、そしてポップスをパソコン音楽クラブにしか実現できないバランス感で結びつけ、日本における電子音楽アーティストの新たなロールモデルを切り拓いた。

 

そんなパソコン音楽クラブは8月7日、5thアルバム『Love Flutter』をリリースした。音響機器の回転ムラに起因する音の歪みを意味する「フラッター」という語句にはときめきやざわつき、といった細かな心の揺れ動きのような意味合いも含まれており、無機質なガジェットから有機的な感情を引き出すというパソコン音楽クラブが一貫して挑戦し続けてきた美学を改めて総括したかのようなタイトルに思える。

 

 

本作『Love Flutter』の特徴は、パソコン音楽クラブとしての作家性を継承しつつ、サウンドデザインの面においてより身体性に訴えかけるようなフロアライクな作風へと進化したこと。「今後の方向性を規定するかのような作品を目指した」と自信を持って発表された力作について、今回AVYSSでは最初期からパ音と並走してきたtomad(Maltine Records)氏を迎えクロスインタビューを実施した。ゆっくりと、しかし確実に時の流れは進んでいき、皆少しずつ大人になっていく、そんな心の揺れ動きについて。

 

取材・構成:NordOst (松島広人)

 

──おそらく、パソコン音楽クラブは来年で10周年を迎えますよね。これまでを振り返ると、やっぱり変化っていうのは大きかったですか?

 

西山:もちろん変化っていうのはお互いあると思いますけど、やっぱ僕と柴田くんがあまのじゃくだったから僕らも変わっていった、ていうのも大きいと思います(笑)。でも、ここ最近大きく変わったなと思うのは、昔に比べて身体性のある音楽をやろうって意識しはじめたことで。

 

──最近はクラブでもよく西山さんにお会いしますし、そのあたりのムードの変化はなんとなく感じてました。

 

西山:コロナ禍における内省的なリスニング・ミュージックみたいなものは『See-Voice』で結構手応えもあったし、とはいえいわゆるツール・ミュージックを作るのは僕らの仕事じゃないな、とも思うので。今までの感覚を引き継ぎつつ、もっと身体性に訴えかけるダンス・ミュージックを今ならハイブリッドな感じで表現できるかな、って挑戦してみたくなったのが今回の『Love Flutter』ですね。

 

柴田:シンプルに技術的なレベルも上がったとは思いますし。昔はホンマに何も知らなくて、いい意味でアクセルベタ踏みで危険運転してる音楽だったな……って思ってて。世の中のこと何も知らないし、音楽の作り方も知らないし。(初期作は)あの頃しか作れなかったと思います。

 

西山:いわゆるDTMとかのtipsとかも初期はそんなに無かったんで、めちゃくちゃな音してますよね、音質も悪いし(笑)。だからこそ面白い作品だなって今は思いますけど。

 

──初期は意図的にLo-Fiなサウンドデザインに近づけていたのではなく、初期衝動的なものが大きかったって感じなんですかね?

 

柴田:使ってる機材とかも音悪かったですしね。すごい覚えてるのが、サンレコ(Sound & Recording Magazine)に『DREAM WALK』を出したときインタビューしてもらって、そこで「どうしてこれらの音は歪んでるんですか?」って聞かれたとき、そもそも歪んでるってことが分かってなくて「何のこと言ってるんだろう?」と思ったぐらいでしたから(笑)。やっぱり今聴くと、あの頃は本当に何もわかってなかった可能性はありますね。リバーブのパラメータとかもめちゃくちゃだったと思います。

 

 

西山:すごい奇跡が起きてVaporwaveブームみたいなやつとの同時代性も生まれたし。リバーブでピチャピチャだったりLo-Fiな質感だったりっていうものが、自分らの美意識的にはカッコいいもので正解だと思って作ってただけなんですけどね。

 

──僕は『CONDOMINIUM. ー Atrium Plants EP』が好きで。あれもDJユースというよりはリバーブの効いたベッドルームっぽい余白のある音像で、逆にそれが良さにつながってる感覚もあって。今のパソコン音楽クラブにはフロアもリスニングも大事にする両義性がありますよね。

 

 

柴田:パソコン音楽クラブを始めたのが2013年とか14年とかの近辺で、その時期っていわゆる「東京インディー」ブームみたいなのがTwitterとか中心にあって。松島さんは世代的にわかりますよね? For Tracy HydeとかBOYISHとか……。

 

──大直撃ですね……!

 

柴田:そのとき、海外ではWashed Outみたいなチルウェイヴ的サウンドが流行ってたりして、リバーブの音像みたいなのをうまく使った面白い音楽が、ロウハウスだったりそれこそVaporwaveだったり、ムーブメント的に広がっていきましたよね。個人的にはそこがメロディじゃなく音像を聴く、ってことの原体験でもあって、そういうタイミングで始めたからこそ1stの『DREAM WALK』とか初期のものが受け入れられたのかなあ……と今は思います。でも、そういう感じの時期になぜか僕らはハード機材の方に行っちゃって。始めた頃はSC-88Proっていう音源モジュールのペラペラさが逆に新鮮で、自然とああいう感じになっていきましたね。

 

──スタート地点はそういった面白さをまっすぐ追いかけていたような感じだったと思うんですけど、明確に音楽の道へしっかり進んでいこうって決意したタイミングはどの辺りだったんですか?

 

西山:それはやっぱり1stの『DREAM WALK』ですかね。僕らは運が良くて、まだCDもそれなりに売れる時期だったしそういう意味での反響もしっかり感じられて。正直内容的にはあまりにも初期衝動全開というか、今振り返ってみると音楽的な面白さはもちろんあるんですけど、クオリティ的には本当にザ・インディーみたいな(笑)。それでも、あれを出した後には「こういう音楽ってこんなに聴いてもらえるんや」って感動したし、すごいやる気も出ましたし。今だともっと別のメディアで若い人は背中を押されるような感覚を覚えるのかな、って思うんですけど、自分らの場合は手売りの物販でCDを買ってくれる人が多くて、それはやっぱりピュアな感動でした。ね、柴田くん。

 

柴田:ありましたねえ、感動。自分らの良いと思ってることって伝わるんや、って。なんていうか、最初は「作って誰か聴いてくれたらいいなあ……」みたいな感じだったんで。音楽捨てたもんじゃないな、みたいな感動はあったんじゃないかなって(笑)。

 

西山:音楽で暮らしてくってなると、どうしても演奏がめっちゃうまいとか、パフォーマンスみたいなものが秀でてなきゃダメだと思ってたし。

 

柴田:一応お互いちょろっとピアノ弾けたりとかキーボード弾けたりとか、西山くんもギター弾けたりしますけど、もちろんプロのクオリティではないし、お互い演奏者を志したこともないので。そういう意味ではやってることが肯定されたっていうのはすごく喜ばしかったですね。で、まあそんな感じのきっかけをくださったのがtomadさんだったのかなと(笑)。

 

 

──tomadさんはかなり初期の頃から、ある意味かなり近くでふたりの成長をずっと見てきたわけじゃないですか。パソコン音楽クラブがスタートしてそろそろ10年近く経ちますが、そうした歩みをどう感じてますか?

 

tomad:うーん。でもなんか…ずっとやってて偉いですよね。

 

西山:それ最近めっちゃ言われますよ、人に(笑)。

 

tomad:ずっと飽きてないと思う。本当は飽きてるのかもしんないですけど、作品はコンスタントに出てるんで。やっぱりある程度まで出したら「もういいや」って燃え尽きる人もたくさんいますしね。

 

──「燃え尽き症候群」に陥りやすい時代ですしね。どうしてもいろんな数字がつきまとって、常に精神的なプレッシャーを抱え込んじゃうシステムがあって。

 

tomad:そうですね。なので、続けてるのがまず凄いというか。それしかやることがないのか……みたいなことは思いますけどね(笑)。

 

柴田:なんでそんなちくちく言葉を!

 

──パンデミックがあって、その間自室で音楽を作り始めた若い世代が爆発的に増えて、現場が戻ってきてからはそういう人たちが脚光を浴びてますけど、その下地を作ったのはそれ以前にずっと何かをコンスタントに続けてきた人たちですからね。そういう意味ではパソコン音楽クラブはもう先達みたいな存在になって、ユースに道を示してくれているのかなとも思います。

 

西山:そういう実感もあまり無いんですけど、そういう感じで思ってもらえてるんだったら嬉しいですね。

 

柴田:そういえば、tomadさん的に今回のアルバムってどうでした? さっきも言ってましたけど、僕らもそれなりにいろいろと作ってきて、今までと比べてどうなのかな、とか。

 

tomad:……いや、なんかまとまりあるっすよね、前作よりも。あとUKの感じもあって。けど、別にそこをただ追っかけてるって感じでもないと思うんで、ふんわりとしたUK感みたいなのと前々からあるジャパニーズ・テクノの要素に歌モノの感じが合わさってて、なんか意外と整ってるなというか。前作(『FINE LINE』)の方が模索感が高かったような気もして、もっとオムニバス的な感じだったと思うんですけど。とにかくまとまってますよね。

 

──日本でいわゆるUKダンスミュージック的なアプローチをしてる人たちって、割と忠実にUK感を出していくことが多いのかなって印象なんですけど、UK的なものに縛られてもいないな、っていう点でもありそうで無かった作品かもなと思いました。今までのパ音には無かったブレイクとかビルドアップ的な展開の作り方も、ポップスの意匠を残しつつダンスミュージック的なフォームに変わっていってるのが新鮮で。西山さんとは最近クラブで会う機会も増えましたが、そういう体験もやっぱり影響しているんでしょうか。

 

西山:おっしゃる通りかもしれないですね、ここ1年ぐらいまた結構クラブに行くようになったし。いわゆるダンスミュージック的なJ-POPって、歌がめっちゃ先行するものが多いと思うんですよね。そういうポップスとしての構造を今回はできるだけ抜きたいって思ってて。コード感とかメロとか展開とかのアプローチではなく、ビルドアップとドロップっていう発想でブリッジを作ってからフックを聴かせる、っていうことを意識した上でJ-POP的なサビに突入していくような構造を目指して、歌とオケの比率っていうのを考えるというか。言い方はアレですけど、歌のための添え物みたいな感じでビートがあるような感じにならないようにしたいな、っていうのを改めて思ったのが大きいかもしれないです。

 

──柴田さん的には今回どういう感じで作り込んでいきましたか?

 

柴田:前回『FINE LINE』を作って、正直まあ燃え尽き症候群といいますか、これから何やろう……みたいな感じになってたんですけど、西山さんが「ダンスミュージック」というお題をくれて。ビートと歌が対等な音楽をやろうっていうので始まっていって身体性みたいなものを意識していったんですけど、そもそも身体性とはなんぞや、ってところから考え直して。ダンサブル=身体的っていう単純な話でもないし、ダンスミュージックにも内省的なものはたくさんあるし、アンビエントにも身体を感じさせるもの、預けたくなるものもあるし。一概に対比できるものでもないから自分たちなりのテーマを見つけられたらな、って思って作りはじめました。今回に関してはビートの反復のなかでなにかをするみたいなテーマが一個あって、その上で有機的な揺らぎを表したい……みたいな。それが自分なりの身体性? なのかもな、と思いまして。これまでパソコンでやってきたのはMIDIのベタ打ちな感じの音楽が多かったので、今回の『Love Flutter』ではシンセサイザーとかのうねりに有機的な感じを前より意図的に持たせたりしましたね。具体的には実際にシンセを手弾きしたり、モジュラーを長尺で録ってそれを編集してみたりとか。

 

──ライブ感のある作り方、というか。

 

柴田:身体性って、楽器を実際に演奏するっていうのもありますよね。それは生楽器だけじゃなくて、もちろんシンセサイザーもそうですし。そういう有機性が引き出せたらなあ、とは思ってました。

 

──具体的に制作中に参考にしたり、リファレンスになったりしたようなアーティストや作品って挙げられますか?

 

柴田:改めて今Floating Pointsとか聴き返してみたりしてて。あの人のビート感もUKのビートが下地になってて、アブストラクトな響きだけど、実験に収まらずちゃんとポップに聴こえる不思議さはやっぱすごいなあ、って思いました。シンセサイザーのアーティキュレーションのつけかたも管弦楽器のそれに近いようにも感じます。ポップなフィールドにダンサブルな感じをちゃんと落とし込む、というような感じを今回は自分なりに課題として設定して、これまでパソコンでやってきたものと接続できたらいいなと思ってたんですけど、今回それを部分的には叶えられた気がします。あとは、最近だとスピーカーの標準サイズもデカくなってるなと思ってて。

 

西山:あと、お互いOvermonoの存在にはびっくりさせられたというか。直接的に、ではないですけど一番好きなアーティストではありますし。

 

柴田:Overmonoの曲ってフロアで聴いてもリスニングで聴いてもカッコよくて。あと、おかしいなって思うのはやたらノイズが多い点で。ビートとして身体にバンってくる音も気持ちいいし、リズムだけじゃなく細かいテクスチャーにも面白さがすごくあって。クラブのデカいスピーカーでも、イヤホンでもいける感じ。僕は昔から(Overmonoの)ふたりのソロ活動とかも追ってて面白いな、って思ってて。でも、リファレンスとして聴いたことはあんまり無いですね。なんというか、今までの感覚だと「The ピーズは好きやけど、自分の活動とは遠いよな……」みたいな感じで。ただ『FINE LINE』を作り終えたぐらいからは改めてこういう音像を作ることに興味あるかも、って急にバシッて意識が向きはじめて。

 

西山:僕は元々このアルバムを作ろうって思ったときの最初のコンセプトが「内省的な空気感と身体性のハイブリッド」みたいな感じで。そう最初に思ったのがFred Again..の『ten』とか『adore u』あたりの曲でした。元々ロウハウス的な音楽が好きで、でもあれはフェス的なサイズの場所では通用しなくてみんなやめたじゃないですか。Fred Again..はロウハウスは意識してないと思いますけど、リバーブがルームな感じで宅録っぽさがありつつも、ビートはモダンで。そういうバランス感の曲を聞いたのが、自分らもこういうのやってみたいなって思ったきっかけにはなりました。パソコン音楽クラブなりにああいう音楽を解釈していくと、こうした折衷的なダンスミュージックになっていくのかな。

 

──受けた影響をそのまま表現するのではなくて、一度自分たちの蓄積をフィルターとして通して変換してるような感覚ですね。だからこそ「UKに挑戦」みたいな感じでは語れないというか。

 

西山:自分らには自分らの表現したいことがあるので、あくまで何をどういう手法でやるかっていうのはツールですね。そういう意味で今回はこういうやり方がフィットしそうだなって思ったのも大きいですね。あと、今までの作品とかってライブのことをあまり考えてなかったんですよ。だからライブ用のリミックスとかを考えてたんですけど、今回は割とライブのことも考えて作った部分もあって。だから、今回のアルバム以降は次回作が全く違う作品になるようなこともあんま無いんじゃないかなって思ってて。そういう方向性を決める作品になったかな、って思ってます。

 

 

──ある種『Love Flutter』自体が今後の方針のベンチマークにもなるというか。そうして見てみると客演の人選も面白くて、改めてtofubeatsさんが参加していたりするなか、柴田聡子さんやMFSさんのようなやや意外性のあるゲストもいますよね。どういった形で決めていったんでしょうか。

 

西山:今回はいろんな角度があって、まずtofuさんとやろうと思ったのは、今までだとすごい距離が近いところにいるけど、一緒にやろうとは思わなかったんですよ。まだそのタイミングじゃないな、みたいな。それは柴田くんも僕も一緒で。

 

柴田:なんか、ヤマカン(※)みたいですね(笑)。もうちょい自分らのレベルを上げてからお誘いしよう、みたいな。やっぱりすごいリスペクトしてる先輩なんで。

 

※ヤマカン(山本寛)…アニメーション監督。2007年に『らき☆すた』の監督を「その域に達していない」という理由で降板

 

西山:普通にプライベートも含めてずっと会ってるし、すごく近いミュージシャンかもしれないけど、だからこそ一緒に何かをやらせてもらうタイミングは「仕上がってる」って自分らで思えるときにしようって思ってて、今回はお互いに良いんじゃないか、って自然発生的に浮かんでお声がけしました。それはさっきも言ったように、今後の方針を託すような作品にしたいっていうのもあったんで今かな、という。あとは、他の方に関しては今までよりも制作の相談をする人を増やして、外部の人に意見を聞いたりして広がりを意図的に作っていきました。だから、今までの流れからすると意外性のあるアーティストさんも入ってるのかなと思います。

 

柴田:「この人と曲作れたらめっちゃ幸せだけど、ちょっとね」と尻込みしてた名前を挙げてもらったりして、背中を押してもらったみたいな形ですね。柴田聡子さんなんか、本当に自分たちも本当に大好きなアーティストの一人なので今まではちょっと畏れ多いような感じでしたし。

 

西山:MFSさんもそうした流れでダメ元でオファーして、レコーディングのときに「なんで受けてくれたんですか」ってズバリ聞いてみたら「いや、トラックがカッコ良かったんで。」って言われて痺れましたね。自分のライブでもやってくれるって言ってくれて、本当にありがたいなと。

 

 

──そうした交流を介して作品がパソコン音楽クラブを知らない人がいっぱいいるフロアにも届くようになったら本当に最高ですよね。

 

西山:別に誰が作ったかとかっていうのは後から分かるみたいな感じでも良くて、曲が一人歩きしていくって面白いなって思うんで、自分たちがっていうより、あくまで良い音楽つぃて聴いてくれる人が増えたらいいなって思いますね。

 

──と、いう話をtomadさんも聞いてたと思うんですが、今作はどのあたりが特に良かったですか? 

 

西山:tomadさん、なかなか褒めてくれないですからね。

 

柴田:ハハハ!(笑)。

 

tomad:もうなんか、あんまり別に言うこともなくなってきたみたいな感じですよ。でも、ダンスミュージックに向かっていったな、みたいな感じはあって。今まではどっちに向かうかな? っていうのも見てて思ってたんで。トレンド感も含めて真っ向からやっていく感じが良かった、という印象です。

 

西山:もうシーン側の意見になってるから(笑)。でもありがとうございます。

 

tomad:曲はどれも良かったっていうか、なんだろう、非の打ち所とかもあんま無いんじゃないかと思うんですけどね。渋いなあ、と。

 

柴田:なんで減点方式なんですか!

 

──非の打ち所がない、というこれ以上ない褒め言葉が。全体的に大人になっていった感じもあるように思えますが、どうでしょう?

 

西山:キックの重さとかは意識しましたね。もっと派手でゴリゴリテクノな感じにも出来たんですけど、それはちょっと違うかなと。

 

tomad:なんか抑制というか、激しすぎない、あんまり上げすぎないみたいな感覚は全編にありましたよね。

 

──理性的に気持ちよくなる感じっていうか。

 

柴田:めっちゃ抑制効いたアルバムですよね、たぶん。

 

西山:洗練された雰囲気を出したいっていうのもあったし、あとギミックっぽいエモさの演出みたいな感じになるのが嫌だったっていうのもあるかもしれない。理性的な気持ちよさっていうよりは、自分的にはもうちょっとリアルな上振れ感というか。そこでもっと演出するとバーンってなるんだけど、そういう装飾は取り払ってもう少しリアルな感情の動きみたいなものに近づけたいな、って思ったところがあるかなと。

 

──それこそ普段のクラブで感じるナチュラルな高まりというか。

 

西山:そうですね。言ったらものすごい感動的な映画で泣くっていうよりかは、何気ないシーンでこうジンとくるみたいな感情っていうか。ちょっと言葉を選ばないといけないですけど、どうしても今ってTikTokとかで「15秒で泣けちゃう」みたいな記号化された感情のギミックをみんな研究したりしてるところもあると思うんですけど、自分らが作るんだったらあえてそういうのは外したいな、って。こういうのって伝わんのかな? みたいな不安はもちろんありましたけどね。

 

──僕とか西山さん、柴田さんも93,4年の生まれじゃないですか。世代的には三十路に突入していって、やっぱりどこか今のトレンドみたいな意図的なマキシマイズには乗り切れないところもあるのかな、と思います。

 

柴田:ですよね。あえて言葉を選ばずに言うと、なんか年々不感症みたいになってる気がしてて。なにかにブチ上がっても、本当にはブチ上がれてないみたいな。新しい刺激に触れても自分の知ってるものにそれを当てはめてしまったりとか、そういう現象がめっちゃ起きてたり。かといって刺激を求めて外に出てもインプットが目的になっちゃってないか? とか、純粋に楽しめてない瞬間みたいなものを浅ましいなって自分に対して思っちゃったりとか……伝わるかわかんないですけど。

 

──いやいや……まさに僕も今めちゃくちゃ悩んでるところで。素晴らしいDJで踊ってるときにも「こうやってキックの重心ズラしてくんだ」とか、すぐ自分のことに応用できないか考えちゃったりしてて。

 

柴田:そういう楽しみ方は人それぞれですけども、不感症的な状態になってる中でなんとか題材になるものを探そう、みたいな自分の態度への自己嫌悪がピークに達した瞬間があったりして。でもそういう部分と向き合わないといけないな、みたいな……。

 

──なんていうか、泣ける映画観てるときに「泣けそうだからもう一気に涙腺こじ開けてみるか」みたいな心の動きって無意識的にしたりするじゃないですか。それに対して自分の中ではしたないと思う気持ちがあったりもするし。

 

柴田:本当にそういうことですね……。

 

──薄味の醤油ラーメンが二郎になっちゃうみたいに、あらゆる表現がマキシマイズ化していってて。それは進化だからむしろ肯定的には捉えてるんですけど、自分のためのものじゃないかな、と思うことも増えまして。だからこそ、自分のための音楽というか、ちょっとした感動やなんてことのないときめきみたいなものを求めてこういうアルバムを作るに至ったのかな? と僕は思いました。

 

柴田:まさにそうです。ブチ上がれそうだから思いっきりブチ上がるんじゃなくて、少しの幅の間で揺れ動くダイナミクスを大事にしよう、みたいな感じで、だから抑制っていうのがちょっとテーマになってたのかも。

 

西山:僕は柴田君ほどはまだ不感症じゃないです、たぶん(笑)。今言ってた話もあんま意識してなかったな。僕は抑制に関して言うと、普通に美意識でやった感じがあるんで。思いっきり突っ走るものよりも統制が取れてる感じの方が良いんじゃないか、ぐらいの感覚で、なんかそこが柴田くんの今の感覚ともハマったんだろうね。

 

柴田:そうかもね。

 

西山:まあでも、僕も不感症的な話で言うと、一曲を聴いて涙を流したりするようなことは難しくなって来てて。一曲のパワーで革命を起こすみたいなのって、もう期待できなくなってる時代な気もするんですよ。音楽を聴いてる人たちが自分で選んでないことも多いと思いますし。でも現場とかならまだまだ革命起こせるんじゃないか、っていう期待があって。たとえば出る人のことを何も知らないでクラブに連れてってもらったとき、回してるDJが誰かもかかってる音楽も何もわからないけど場は信じられないぐらい盛り上がって食らうことってあるじゃないですか。

 

──なにこれ!? みたいなことって、毎週DJとしても客としても通い続けててもいまだに全然ありますからね。

 

西山:それって音楽そのものよりはムードとかシチュエーションの積み重ねでそう錯覚させられてる向きもどうしてもあると思うんですけど、自分はもうそれでいいなって思っちゃってて。人の営みで化学反応みたいなものが起き続けてるって、やっぱりすごいことだし。だから、そういう意味で言うとその最初の接点として今はまだまだパイの小さい自分たちの音楽みたいなジャンルを聴く人が増えたり、当たり前になっていくきっかけになっていけたらいいな、っていうちっちゃい野心がありますね(笑)。

 

 

 

パソコン音楽クラブ – Love Flutter

Label : HATIHATI PRO. / SPACE SHOWER MUSIC

Release date : August 7 2024

https://ssm.lnk.to/LoveFlutter

 

1. Heart (intro)

2. Hello feat. Cwondo

3. Fabric

4. Child Replay feat. 柴田聡子

5. ゆらぎ feat. tofubeats

6. Observe

7. Please me feat. MFS

8. Boredom

9. Drama feat. Mei Takahashi (LAUSBUB)

10. Memory of the moment

11. Colors feat. Haruy

12. 僥倖

13. Empty feat. Le Makeup

category:FEATURE

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内省的空気と身体性ハイブリッド

 

 

「DTMの新時代が到来する!」というテーマでパソコン音楽クラブが発足したのは2015年のこと。あれから9年が経ち、コンスタントに作品を送り出すなかでふたりは「インディー的な宅録作家」という枠組みの外側へとひたすら躍進していき、エレクトロニクスとクラブ・ミュージック、そしてポップスをパソコン音楽クラブにしか実現できないバランス感で結びつけ、日本における電子音楽アーティストの新たなロールモデルを切り拓いた。

 

そんなパソコン音楽クラブは8月7日、5thアルバム『Love Flutter』をリリースした。音響機器の回転ムラに起因する音の歪みを意味する「フラッター」という語句にはときめきやざわつき、といった細かな心の揺れ動きのような意味合いも含まれており、無機質なガジェットから有機的な感情を引き出すというパソコン音楽クラブが一貫して挑戦し続けてきた美学を改めて総括したかのようなタイトルに思える。

 

 

本作『Love Flutter』の特徴は、パソコン音楽クラブとしての作家性を継承しつつ、サウンドデザインの面においてより身体性に訴えかけるようなフロアライクな作風へと進化したこと。「今後の方向性を規定するかのような作品を目指した」と自信を持って発表された力作について、今回AVYSSでは最初期からパ音と並走してきたtomad(Maltine Records)氏を迎えクロスインタビューを実施した。ゆっくりと、しかし確実に時の流れは進んでいき、皆少しずつ大人になっていく、そんな心の揺れ動きについて。

 

取材・構成:NordOst (松島広人)

 

──おそらく、パソコン音楽クラブは来年で10周年を迎えますよね。これまでを振り返ると、やっぱり変化っていうのは大きかったですか?

 

西山:もちろん変化っていうのはお互いあると思いますけど、やっぱ僕と柴田くんがあまのじゃくだったから僕らも変わっていった、ていうのも大きいと思います(笑)。でも、ここ最近大きく変わったなと思うのは、昔に比べて身体性のある音楽をやろうって意識しはじめたことで。

 

──最近はクラブでもよく西山さんにお会いしますし、そのあたりのムードの変化はなんとなく感じてました。

 

西山:コロナ禍における内省的なリスニング・ミュージックみたいなものは『See-Voice』で結構手応えもあったし、とはいえいわゆるツール・ミュージックを作るのは僕らの仕事じゃないな、とも思うので。今までの感覚を引き継ぎつつ、もっと身体性に訴えかけるダンス・ミュージックを今ならハイブリッドな感じで表現できるかな、って挑戦してみたくなったのが今回の『Love Flutter』ですね。

 

柴田:シンプルに技術的なレベルも上がったとは思いますし。昔はホンマに何も知らなくて、いい意味でアクセルベタ踏みで危険運転してる音楽だったな……って思ってて。世の中のこと何も知らないし、音楽の作り方も知らないし。(初期作は)あの頃しか作れなかったと思います。

 

西山:いわゆるDTMとかのtipsとかも初期はそんなに無かったんで、めちゃくちゃな音してますよね、音質も悪いし(笑)。だからこそ面白い作品だなって今は思いますけど。

 

──初期は意図的にLo-Fiなサウンドデザインに近づけていたのではなく、初期衝動的なものが大きかったって感じなんですかね?

 

柴田:使ってる機材とかも音悪かったですしね。すごい覚えてるのが、サンレコ(Sound & Recording Magazine)に『DREAM WALK』を出したときインタビューしてもらって、そこで「どうしてこれらの音は歪んでるんですか?」って聞かれたとき、そもそも歪んでるってことが分かってなくて「何のこと言ってるんだろう?」と思ったぐらいでしたから(笑)。やっぱり今聴くと、あの頃は本当に何もわかってなかった可能性はありますね。リバーブのパラメータとかもめちゃくちゃだったと思います。

 

 

西山:すごい奇跡が起きてVaporwaveブームみたいなやつとの同時代性も生まれたし。リバーブでピチャピチャだったりLo-Fiな質感だったりっていうものが、自分らの美意識的にはカッコいいもので正解だと思って作ってただけなんですけどね。

 

──僕は『CONDOMINIUM. ー Atrium Plants EP』が好きで。あれもDJユースというよりはリバーブの効いたベッドルームっぽい余白のある音像で、逆にそれが良さにつながってる感覚もあって。今のパソコン音楽クラブにはフロアもリスニングも大事にする両義性がありますよね。

 

 

柴田:パソコン音楽クラブを始めたのが2013年とか14年とかの近辺で、その時期っていわゆる「東京インディー」ブームみたいなのがTwitterとか中心にあって。松島さんは世代的にわかりますよね? For Tracy HydeとかBOYISHとか……。

 

──大直撃ですね……!

 

柴田:そのとき、海外ではWashed Outみたいなチルウェイヴ的サウンドが流行ってたりして、リバーブの音像みたいなのをうまく使った面白い音楽が、ロウハウスだったりそれこそVaporwaveだったり、ムーブメント的に広がっていきましたよね。個人的にはそこがメロディじゃなく音像を聴く、ってことの原体験でもあって、そういうタイミングで始めたからこそ1stの『DREAM WALK』とか初期のものが受け入れられたのかなあ……と今は思います。でも、そういう感じの時期になぜか僕らはハード機材の方に行っちゃって。始めた頃はSC-88Proっていう音源モジュールのペラペラさが逆に新鮮で、自然とああいう感じになっていきましたね。

 

──スタート地点はそういった面白さをまっすぐ追いかけていたような感じだったと思うんですけど、明確に音楽の道へしっかり進んでいこうって決意したタイミングはどの辺りだったんですか?

 

西山:それはやっぱり1stの『DREAM WALK』ですかね。僕らは運が良くて、まだCDもそれなりに売れる時期だったしそういう意味での反響もしっかり感じられて。正直内容的にはあまりにも初期衝動全開というか、今振り返ってみると音楽的な面白さはもちろんあるんですけど、クオリティ的には本当にザ・インディーみたいな(笑)。それでも、あれを出した後には「こういう音楽ってこんなに聴いてもらえるんや」って感動したし、すごいやる気も出ましたし。今だともっと別のメディアで若い人は背中を押されるような感覚を覚えるのかな、って思うんですけど、自分らの場合は手売りの物販でCDを買ってくれる人が多くて、それはやっぱりピュアな感動でした。ね、柴田くん。

 

柴田:ありましたねえ、感動。自分らの良いと思ってることって伝わるんや、って。なんていうか、最初は「作って誰か聴いてくれたらいいなあ……」みたいな感じだったんで。音楽捨てたもんじゃないな、みたいな感動はあったんじゃないかなって(笑)。

 

西山:音楽で暮らしてくってなると、どうしても演奏がめっちゃうまいとか、パフォーマンスみたいなものが秀でてなきゃダメだと思ってたし。

 

柴田:一応お互いちょろっとピアノ弾けたりとかキーボード弾けたりとか、西山くんもギター弾けたりしますけど、もちろんプロのクオリティではないし、お互い演奏者を志したこともないので。そういう意味ではやってることが肯定されたっていうのはすごく喜ばしかったですね。で、まあそんな感じのきっかけをくださったのがtomadさんだったのかなと(笑)。

 

 

──tomadさんはかなり初期の頃から、ある意味かなり近くでふたりの成長をずっと見てきたわけじゃないですか。パソコン音楽クラブがスタートしてそろそろ10年近く経ちますが、そうした歩みをどう感じてますか?

 

tomad:うーん。でもなんか…ずっとやってて偉いですよね。

 

西山:それ最近めっちゃ言われますよ、人に(笑)。

 

tomad:ずっと飽きてないと思う。本当は飽きてるのかもしんないですけど、作品はコンスタントに出てるんで。やっぱりある程度まで出したら「もういいや」って燃え尽きる人もたくさんいますしね。

 

──「燃え尽き症候群」に陥りやすい時代ですしね。どうしてもいろんな数字がつきまとって、常に精神的なプレッシャーを抱え込んじゃうシステムがあって。

 

tomad:そうですね。なので、続けてるのがまず凄いというか。それしかやることがないのか……みたいなことは思いますけどね(笑)。

 

柴田:なんでそんなちくちく言葉を!

 

──パンデミックがあって、その間自室で音楽を作り始めた若い世代が爆発的に増えて、現場が戻ってきてからはそういう人たちが脚光を浴びてますけど、その下地を作ったのはそれ以前にずっと何かをコンスタントに続けてきた人たちですからね。そういう意味ではパソコン音楽クラブはもう先達みたいな存在になって、ユースに道を示してくれているのかなとも思います。

 

西山:そういう実感もあまり無いんですけど、そういう感じで思ってもらえてるんだったら嬉しいですね。

 

柴田:そういえば、tomadさん的に今回のアルバムってどうでした? さっきも言ってましたけど、僕らもそれなりにいろいろと作ってきて、今までと比べてどうなのかな、とか。

 

tomad:……いや、なんかまとまりあるっすよね、前作よりも。あとUKの感じもあって。けど、別にそこをただ追っかけてるって感じでもないと思うんで、ふんわりとしたUK感みたいなのと前々からあるジャパニーズ・テクノの要素に歌モノの感じが合わさってて、なんか意外と整ってるなというか。前作(『FINE LINE』)の方が模索感が高かったような気もして、もっとオムニバス的な感じだったと思うんですけど。とにかくまとまってますよね。

 

──日本でいわゆるUKダンスミュージック的なアプローチをしてる人たちって、割と忠実にUK感を出していくことが多いのかなって印象なんですけど、UK的なものに縛られてもいないな、っていう点でもありそうで無かった作品かもなと思いました。今までのパ音には無かったブレイクとかビルドアップ的な展開の作り方も、ポップスの意匠を残しつつダンスミュージック的なフォームに変わっていってるのが新鮮で。西山さんとは最近クラブで会う機会も増えましたが、そういう体験もやっぱり影響しているんでしょうか。

 

西山:おっしゃる通りかもしれないですね、ここ1年ぐらいまた結構クラブに行くようになったし。いわゆるダンスミュージック的なJ-POPって、歌がめっちゃ先行するものが多いと思うんですよね。そういうポップスとしての構造を今回はできるだけ抜きたいって思ってて。コード感とかメロとか展開とかのアプローチではなく、ビルドアップとドロップっていう発想でブリッジを作ってからフックを聴かせる、っていうことを意識した上でJ-POP的なサビに突入していくような構造を目指して、歌とオケの比率っていうのを考えるというか。言い方はアレですけど、歌のための添え物みたいな感じでビートがあるような感じにならないようにしたいな、っていうのを改めて思ったのが大きいかもしれないです。

 

──柴田さん的には今回どういう感じで作り込んでいきましたか?

 

柴田:前回『FINE LINE』を作って、正直まあ燃え尽き症候群といいますか、これから何やろう……みたいな感じになってたんですけど、西山さんが「ダンスミュージック」というお題をくれて。ビートと歌が対等な音楽をやろうっていうので始まっていって身体性みたいなものを意識していったんですけど、そもそも身体性とはなんぞや、ってところから考え直して。ダンサブル=身体的っていう単純な話でもないし、ダンスミュージックにも内省的なものはたくさんあるし、アンビエントにも身体を感じさせるもの、預けたくなるものもあるし。一概に対比できるものでもないから自分たちなりのテーマを見つけられたらな、って思って作りはじめました。今回に関してはビートの反復のなかでなにかをするみたいなテーマが一個あって、その上で有機的な揺らぎを表したい……みたいな。それが自分なりの身体性? なのかもな、と思いまして。これまでパソコンでやってきたのはMIDIのベタ打ちな感じの音楽が多かったので、今回の『Love Flutter』ではシンセサイザーとかのうねりに有機的な感じを前より意図的に持たせたりしましたね。具体的には実際にシンセを手弾きしたり、モジュラーを長尺で録ってそれを編集してみたりとか。

 

──ライブ感のある作り方、というか。

 

柴田:身体性って、楽器を実際に演奏するっていうのもありますよね。それは生楽器だけじゃなくて、もちろんシンセサイザーもそうですし。そういう有機性が引き出せたらなあ、とは思ってました。

 

──具体的に制作中に参考にしたり、リファレンスになったりしたようなアーティストや作品って挙げられますか?

 

柴田:改めて今Floating Pointsとか聴き返してみたりしてて。あの人のビート感もUKのビートが下地になってて、アブストラクトな響きだけど、実験に収まらずちゃんとポップに聴こえる不思議さはやっぱすごいなあ、って思いました。シンセサイザーのアーティキュレーションのつけかたも管弦楽器のそれに近いようにも感じます。ポップなフィールドにダンサブルな感じをちゃんと落とし込む、というような感じを今回は自分なりに課題として設定して、これまでパソコンでやってきたものと接続できたらいいなと思ってたんですけど、今回それを部分的には叶えられた気がします。あとは、最近だとスピーカーの標準サイズもデカくなってるなと思ってて。

 

西山:あと、お互いOvermonoの存在にはびっくりさせられたというか。直接的に、ではないですけど一番好きなアーティストではありますし。

 

柴田:Overmonoの曲ってフロアで聴いてもリスニングで聴いてもカッコよくて。あと、おかしいなって思うのはやたらノイズが多い点で。ビートとして身体にバンってくる音も気持ちいいし、リズムだけじゃなく細かいテクスチャーにも面白さがすごくあって。クラブのデカいスピーカーでも、イヤホンでもいける感じ。僕は昔から(Overmonoの)ふたりのソロ活動とかも追ってて面白いな、って思ってて。でも、リファレンスとして聴いたことはあんまり無いですね。なんというか、今までの感覚だと「The ピーズは好きやけど、自分の活動とは遠いよな……」みたいな感じで。ただ『FINE LINE』を作り終えたぐらいからは改めてこういう音像を作ることに興味あるかも、って急にバシッて意識が向きはじめて。

 

西山:僕は元々このアルバムを作ろうって思ったときの最初のコンセプトが「内省的な空気感と身体性のハイブリッド」みたいな感じで。そう最初に思ったのがFred Again..の『ten』とか『adore u』あたりの曲でした。元々ロウハウス的な音楽が好きで、でもあれはフェス的なサイズの場所では通用しなくてみんなやめたじゃないですか。Fred Again..はロウハウスは意識してないと思いますけど、リバーブがルームな感じで宅録っぽさがありつつも、ビートはモダンで。そういうバランス感の曲を聞いたのが、自分らもこういうのやってみたいなって思ったきっかけにはなりました。パソコン音楽クラブなりにああいう音楽を解釈していくと、こうした折衷的なダンスミュージックになっていくのかな。

 

──受けた影響をそのまま表現するのではなくて、一度自分たちの蓄積をフィルターとして通して変換してるような感覚ですね。だからこそ「UKに挑戦」みたいな感じでは語れないというか。

 

西山:自分らには自分らの表現したいことがあるので、あくまで何をどういう手法でやるかっていうのはツールですね。そういう意味で今回はこういうやり方がフィットしそうだなって思ったのも大きいですね。あと、今までの作品とかってライブのことをあまり考えてなかったんですよ。だからライブ用のリミックスとかを考えてたんですけど、今回は割とライブのことも考えて作った部分もあって。だから、今回のアルバム以降は次回作が全く違う作品になるようなこともあんま無いんじゃないかなって思ってて。そういう方向性を決める作品になったかな、って思ってます。

 

 

──ある種『Love Flutter』自体が今後の方針のベンチマークにもなるというか。そうして見てみると客演の人選も面白くて、改めてtofubeatsさんが参加していたりするなか、柴田聡子さんやMFSさんのようなやや意外性のあるゲストもいますよね。どういった形で決めていったんでしょうか。

 

西山:今回はいろんな角度があって、まずtofuさんとやろうと思ったのは、今までだとすごい距離が近いところにいるけど、一緒にやろうとは思わなかったんですよ。まだそのタイミングじゃないな、みたいな。それは柴田くんも僕も一緒で。

 

柴田:なんか、ヤマカン(※)みたいですね(笑)。もうちょい自分らのレベルを上げてからお誘いしよう、みたいな。やっぱりすごいリスペクトしてる先輩なんで。

 

※ヤマカン(山本寛)…アニメーション監督。2007年に『らき☆すた』の監督を「その域に達していない」という理由で降板

 

西山:普通にプライベートも含めてずっと会ってるし、すごく近いミュージシャンかもしれないけど、だからこそ一緒に何かをやらせてもらうタイミングは「仕上がってる」って自分らで思えるときにしようって思ってて、今回はお互いに良いんじゃないか、って自然発生的に浮かんでお声がけしました。それはさっきも言ったように、今後の方針を託すような作品にしたいっていうのもあったんで今かな、という。あとは、他の方に関しては今までよりも制作の相談をする人を増やして、外部の人に意見を聞いたりして広がりを意図的に作っていきました。だから、今までの流れからすると意外性のあるアーティストさんも入ってるのかなと思います。

 

柴田:「この人と曲作れたらめっちゃ幸せだけど、ちょっとね」と尻込みしてた名前を挙げてもらったりして、背中を押してもらったみたいな形ですね。柴田聡子さんなんか、本当に自分たちも本当に大好きなアーティストの一人なので今まではちょっと畏れ多いような感じでしたし。

 

西山:MFSさんもそうした流れでダメ元でオファーして、レコーディングのときに「なんで受けてくれたんですか」ってズバリ聞いてみたら「いや、トラックがカッコ良かったんで。」って言われて痺れましたね。自分のライブでもやってくれるって言ってくれて、本当にありがたいなと。

 

 

──そうした交流を介して作品がパソコン音楽クラブを知らない人がいっぱいいるフロアにも届くようになったら本当に最高ですよね。

 

西山:別に誰が作ったかとかっていうのは後から分かるみたいな感じでも良くて、曲が一人歩きしていくって面白いなって思うんで、自分たちがっていうより、あくまで良い音楽つぃて聴いてくれる人が増えたらいいなって思いますね。

 

──と、いう話をtomadさんも聞いてたと思うんですが、今作はどのあたりが特に良かったですか? 

 

西山:tomadさん、なかなか褒めてくれないですからね。

 

柴田:ハハハ!(笑)。

 

tomad:もうなんか、あんまり別に言うこともなくなってきたみたいな感じですよ。でも、ダンスミュージックに向かっていったな、みたいな感じはあって。今まではどっちに向かうかな? っていうのも見てて思ってたんで。トレンド感も含めて真っ向からやっていく感じが良かった、という印象です。

 

西山:もうシーン側の意見になってるから(笑)。でもありがとうございます。

 

tomad:曲はどれも良かったっていうか、なんだろう、非の打ち所とかもあんま無いんじゃないかと思うんですけどね。渋いなあ、と。

 

柴田:なんで減点方式なんですか!

 

──非の打ち所がない、というこれ以上ない褒め言葉が。全体的に大人になっていった感じもあるように思えますが、どうでしょう?

 

西山:キックの重さとかは意識しましたね。もっと派手でゴリゴリテクノな感じにも出来たんですけど、それはちょっと違うかなと。

 

tomad:なんか抑制というか、激しすぎない、あんまり上げすぎないみたいな感覚は全編にありましたよね。

 

──理性的に気持ちよくなる感じっていうか。

 

柴田:めっちゃ抑制効いたアルバムですよね、たぶん。

 

西山:洗練された雰囲気を出したいっていうのもあったし、あとギミックっぽいエモさの演出みたいな感じになるのが嫌だったっていうのもあるかもしれない。理性的な気持ちよさっていうよりは、自分的にはもうちょっとリアルな上振れ感というか。そこでもっと演出するとバーンってなるんだけど、そういう装飾は取り払ってもう少しリアルな感情の動きみたいなものに近づけたいな、って思ったところがあるかなと。

 

──それこそ普段のクラブで感じるナチュラルな高まりというか。

 

西山:そうですね。言ったらものすごい感動的な映画で泣くっていうよりかは、何気ないシーンでこうジンとくるみたいな感情っていうか。ちょっと言葉を選ばないといけないですけど、どうしても今ってTikTokとかで「15秒で泣けちゃう」みたいな記号化された感情のギミックをみんな研究したりしてるところもあると思うんですけど、自分らが作るんだったらあえてそういうのは外したいな、って。こういうのって伝わんのかな? みたいな不安はもちろんありましたけどね。

 

──僕とか西山さん、柴田さんも93,4年の生まれじゃないですか。世代的には三十路に突入していって、やっぱりどこか今のトレンドみたいな意図的なマキシマイズには乗り切れないところもあるのかな、と思います。

 

柴田:ですよね。あえて言葉を選ばずに言うと、なんか年々不感症みたいになってる気がしてて。なにかにブチ上がっても、本当にはブチ上がれてないみたいな。新しい刺激に触れても自分の知ってるものにそれを当てはめてしまったりとか、そういう現象がめっちゃ起きてたり。かといって刺激を求めて外に出てもインプットが目的になっちゃってないか? とか、純粋に楽しめてない瞬間みたいなものを浅ましいなって自分に対して思っちゃったりとか……伝わるかわかんないですけど。

 

──いやいや……まさに僕も今めちゃくちゃ悩んでるところで。素晴らしいDJで踊ってるときにも「こうやってキックの重心ズラしてくんだ」とか、すぐ自分のことに応用できないか考えちゃったりしてて。

 

柴田:そういう楽しみ方は人それぞれですけども、不感症的な状態になってる中でなんとか題材になるものを探そう、みたいな自分の態度への自己嫌悪がピークに達した瞬間があったりして。でもそういう部分と向き合わないといけないな、みたいな……。

 

──なんていうか、泣ける映画観てるときに「泣けそうだからもう一気に涙腺こじ開けてみるか」みたいな心の動きって無意識的にしたりするじゃないですか。それに対して自分の中ではしたないと思う気持ちがあったりもするし。

 

柴田:本当にそういうことですね……。

 

──薄味の醤油ラーメンが二郎になっちゃうみたいに、あらゆる表現がマキシマイズ化していってて。それは進化だからむしろ肯定的には捉えてるんですけど、自分のためのものじゃないかな、と思うことも増えまして。だからこそ、自分のための音楽というか、ちょっとした感動やなんてことのないときめきみたいなものを求めてこういうアルバムを作るに至ったのかな? と僕は思いました。

 

柴田:まさにそうです。ブチ上がれそうだから思いっきりブチ上がるんじゃなくて、少しの幅の間で揺れ動くダイナミクスを大事にしよう、みたいな感じで、だから抑制っていうのがちょっとテーマになってたのかも。

 

西山:僕は柴田君ほどはまだ不感症じゃないです、たぶん(笑)。今言ってた話もあんま意識してなかったな。僕は抑制に関して言うと、普通に美意識でやった感じがあるんで。思いっきり突っ走るものよりも統制が取れてる感じの方が良いんじゃないか、ぐらいの感覚で、なんかそこが柴田くんの今の感覚ともハマったんだろうね。

 

柴田:そうかもね。

 

西山:まあでも、僕も不感症的な話で言うと、一曲を聴いて涙を流したりするようなことは難しくなって来てて。一曲のパワーで革命を起こすみたいなのって、もう期待できなくなってる時代な気もするんですよ。音楽を聴いてる人たちが自分で選んでないことも多いと思いますし。でも現場とかならまだまだ革命起こせるんじゃないか、っていう期待があって。たとえば出る人のことを何も知らないでクラブに連れてってもらったとき、回してるDJが誰かもかかってる音楽も何もわからないけど場は信じられないぐらい盛り上がって食らうことってあるじゃないですか。

 

──なにこれ!? みたいなことって、毎週DJとしても客としても通い続けててもいまだに全然ありますからね。

 

西山:それって音楽そのものよりはムードとかシチュエーションの積み重ねでそう錯覚させられてる向きもどうしてもあると思うんですけど、自分はもうそれでいいなって思っちゃってて。人の営みで化学反応みたいなものが起き続けてるって、やっぱりすごいことだし。だから、そういう意味で言うとその最初の接点として今はまだまだパイの小さい自分たちの音楽みたいなジャンルを聴く人が増えたり、当たり前になっていくきっかけになっていけたらいいな、っていうちっちゃい野心がありますね(笑)。

 

 

 

パソコン音楽クラブ – Love Flutter

Label : HATIHATI PRO. / SPACE SHOWER MUSIC

Release date : August 7 2024

https://ssm.lnk.to/LoveFlutter

 

1. Heart (intro)

2. Hello feat. Cwondo

3. Fabric

4. Child Replay feat. 柴田聡子

5. ゆらぎ feat. tofubeats

6. Observe

7. Please me feat. MFS

8. Boredom

9. Drama feat. Mei Takahashi (LAUSBUB)

10. Memory of the moment

11. Colors feat. Haruy

12. 僥倖

13. Empty feat. Le Makeup

2024/08/27

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