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読書実録 #2

不定期にお届けするKentaro Mori(世界的なバンド)のコラム。

 

 

■7/23

大好きなKhotinの新作がいつの間にか出ていた。

 

 

ほとんどビートがなくなって、アンビエント化しているのも心地よい。

1080pフェスなんかあったら絶対行くんですけど、どうですかね?

 

笹井宏之『てんとろり』(書肆侃侃房)を読む。

おもしろかった歌を数首。

 

 

私からもっとも遠い駅として初恋の日のあなたはわらう

うつくしいみずのこぼれる左目と遠くの森を見つめる右目

本棚の奥に小さな目があってむこうの窓に虹が出ている

 

 

■7/24

Actressの新作もいつの間にか出ていた。London Contemporary Orchestraとのコラボ。

 

 

Jeff Mills以降のオーケストラ×テクノの流れ。このアルバムも文句なく素晴らしいです。

 

穂村弘『水中翼船炎上中』(講談社)を読む。

おもしろかった歌を数首。

 

 

童貞と処女しかいない教室で磔にされてゆくアマガエル

夕闇の部屋に電気を点すとき痛みのようなさみしさがある

今日ひとを殺したひとの気持ちなど想像しつつあたまを洗う

 

 

■7/25

H.Takahashiの待望の新作から先行曲を。

 

「時にしとしと降る小雨のような、それでいて清涼感溢れる音の粒は100m走を全力で走った後に浴びるシャワーのように体内に心地よく沈み込む。地の果てから届くような、ものうげなメロディは、水中の中で漂うような感触を与え、シンプルな音色構成と配置の妙は日本庭園の哲学や千利休的なミニマリズムを感じさせる」

 

そして!なによりも!Analogfishの新作!『Still Life』!!!(タイトルから最高。モランディからインスピレーションを受けたそう)

 

 

どんどん音少なく、歌詞もスウィートで、厳しい。

Prefabっぽさも感じるようになってきた。最強です。

 

 

壁にかかっている

静物画のように

この気持ちを

閉じ込められたら

(「静物 / Still Life」)

 

 

今日は、宮地尚子『震災トラウマと復興ストレス』(岩波ブックレット)を。

「環状島」というモデル、<重力>、<水位>、<風>といった比喩も秀逸。思い付きではなく、長い長い時間をかけた臨床の末にたどり着いたモデル理論であることが理解できる。

たった60ページのブックレットだが、こうした本が2011年の8月に出ていることは希望。

 

 

トラウマの中心には誰も近づくことができません。トラウマは、ただその周りをなぞることしかできないのです。トラウマと向き合うということは、この中空構造を理解すること、<内海>に語れない人や語られないままのことがたくさんあると認識しながら、環状島の上に立つということなのです。

 

 

■7/26

Alex Zhang Hungtaiって人のアルバムが衝撃的に良かった。

 

 

これ誰だよ?と思って調べたらDirty Beachesの人やった。おそろしいバンドだ・・・

Laurel Haloの新作も今までで一番良かった。

 

梯久美子『原民喜』を。

民喜の評伝でありながら、その自殺の場面から辿られる。

 

 

原は自分を、死者たちによって生かされている人間だと考えていた。そうした考えに至ったのは、原爆を体験したからだけではない。そこには持って生まれた敏感すぎる魂、幼い頃の家族の死、厄災の予感におののいた若い日々、そして妻との出会いと死別が深くかかわっている。

 

 

■7/27

Mitskiの新作から先行曲。

 

 

曲もPVも、いつも素晴らしい。

すべてアイデンティティに深く関わっていて、どれも「切実さ」がある。

 

 

ああ神様、私はとても寂しい

だから窓を開けるの

人の声を聞くために

人の声を聞くために

 

[・・・]

 

私はあなたの同情を望んでいない

ただ近くに誰かがいてほしいだけ

ええ、私は臆病者

ただ大丈夫になりたいだけ

誰も私を救えないことはわかってる

ただキスをする人が必要なだけ

正しく正直なキスをお与えください

そしたらもう大丈夫

 

[・・・]

 

まだ誰も私を求めてない

まだ誰も私を求めてないの

 

 

Mitskiの歌う「You」とは、すべて「Music」のことなんだそう。しびれる。

 

引き続き『原民喜』。

父も姉も亡くし、ようやく出会った妻とも死別し、絶望の中にいるはずなのに、やさしさはいや増していく。ひたすらにやさしい。慈愛。

 

 

このやうにして、昔の月日は水のやうに流れて行つた。……だが、近頃でもひとり家にゐると、私はどこか見えない片隅に懐しいもののけはひを感じる。自分の使ふペンの音とか、紙をめくる音のなかに、いつのまにやら、ふと若い日の妻の動作の片割れが潜んでゐる。

 

 

評伝にありがちな、思い入れが強すぎるあまり美化してしまったり、文学的にしすぎることもない、著者の民喜への深い愛も感じる。淡々と辿る姿勢はまさに「民喜」そのものではないか。

 

 

惨劇の記憶に耐えて生きるためには、貞恵との幸福な日々の思い出と、彼女がいまも側にいるという気持ちが必要だった。彼女が見ていてくれるという思いがあったからこそ、原は仕事をすることができた。結婚した当初に貞恵が言った「お書きなさい、それはそれはきつといいものが書けます」という声は、最後の作品を書き終えるそのときまで、原の耳に聴こえていたに違いない。

 

 

■7/28

砂原ファンなので↓

 

 

ACOを思う。「Signal」という曲が好き。

 

 

きっとすぐにあなただってことは

わかるような気がするの 理由もなくただ

 

[・・・]

 

神様いないとしても

生きてる意味などなくても

果てなく広い世界で

あなたへシグナル送るよ

(「Signal」)

 

 

今日は、齋藤陽道『異なり記念日』(医学書院)と『大手拓次詩集』(岩波文庫)を購入。

 

途中まで読んでしばらくほっぽり出してたマーカス・デュ・ソートイ『素数の音楽』(新潮文庫)をひっぱり出す。

 

 

ガウスは、素数を眺める人々の心理に大きな変化をもたらした。それまでの数学者たちは、いわば素数の奏でる音のひとつひとつに耳を傾けているだけで、音楽全体の構成を聞き取ることはできなかった。ところがガウスは、どんどん数を数え上げていったときに、そこまでの間に素数がいくつあるかという問いに集中することで、主旋律を聞き取る新たな方法を見つけたのだ。

 

 

「数学」という言葉から想像することのできない文章。これに遭遇することで、イメージが広がる。固定観念を取り払ってくれる。

とはいえ、いつ読み終えるのか・・・

 

 

■7/29

今日は能を観に行く。

以前観たときよりは言葉が入ってきたような気がする。が、それでも途中で迷子になってしまったし、音楽として面白いという楽しみ方しかできていないので、勉強が足りない。

能は、観る側のリテラシーを最も必要とする芸術だと思う。試されている。

 

今日はホンマタカシ『ホンマタカシの換骨奪胎』(新潮社)を読む。

目次からすごい。

 

 

ピンホールカメラと山中信夫

マイブリッジとマレーと連続写真

リュミエールと映像の自生性

運動 マレーからデュシャン、リヒターへ

日本のピクトリアリズム

エド・ルシェとアーティストブック

赤瀬川原平と路上との出会い

映画・ビデオ・写真

ドキュメンタリーを考える

見えないものを見る

定点撮影と大辻清司

ルイジ・ギッリと窓

マグリットと視覚

介入する芸術

(ささやかに)介入する芸術

時空を超えるガラス湿板

仮説 毎回初めて世界に出会う

アピチャッポンとのSF的邂逅

写真の確かさと、不確かさ

報道写真について

 

 

これだけで興奮してくる。

現在、日本で一番ホックニー的な分析・研究・実践を行っているのがホンマタカシだと思う。

 

 

僕は芸術の形式の進歩に興味があります。個々の作家の人生ではなく歴史上どういう流れの中にその作家と表現は立脚していて、その流れはドコからどこに流れていくのか?その事に興味があるのです。

 

 

TEXT:Kentaro Mori(世界的なバンド)

category:COLUMN

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