2025/10/15
PinkPantheress 特別企画第二弾
AVYSSでは先日PinkPantheressへの日本初のテキストインタビューを実施し、特別企画として、日本の音楽ライター陣によってPinkPantheress像を掘り下げる短期集中連載をスタート。第二弾となる今回は国内外のシーンを俯瞰的に観測するKei Harada氏が、PinkPantheressとY2Kムーブメントの深い関係と、PinkPantheressをはじめとするイギリスの若手アーティストが表現する、90年代に起こったイギリスカルチャーの一大センセーションであり、後にイギリス政府の国家成長戦略となる「クール・ブリタニア」のノスタルジーについて考察した論考を掲載。
Text by Kei Harada
Graphic Design by JACKSON kaki
「Y2K」の象徴としてのPinkPantheress
PinkPantheressの存在を抜きに現在のポップカルチャーで起こる現象を語ることは不可能だ。ここ数年のトレンドの象徴である1990年代~2000年代リバイバル「Y2K」の中心にはPinkPantheressがおり、彼女が自称する「ニューノスタルジック」は音楽を超えて、歴史の方向感覚を失い、ノスタルジーに支配された現在のポップシーンのトレンドを規定するトーンとなった。
PinkPantheressの魅力を表現するためによく用いられるのが「Unserious」(不真面目、テキトー)という言葉だ。ソーシャルメディアで拡散される彼女のインタビューや言葉のやり取りは、どこか力が抜けていて、絶妙な緩さと可愛さがあり、親近感が感じられる。その空気感やアティチュードは、彼女の音楽の屋台骨でもあるサンプリングにも通底しており、PinkPantheresは、厳格で閉鎖的な印象さえあったドラムンベースや2ステップといった90年代から00年代前半におけるイギリスのアンダーグラウンドのサウンドを軽快にベッドルームに持ち込み、柔らかく浮遊感のある唯一無二なサウンドを作り上げることで、現在のポップシーンを代表するアイコンの一人となった。
とりわけ2022年の「Boy’s a Liar」は、海を越えアメリカでも大ヒットし、Ice Spiceが参加した「Boy’s a Liar Pt. 2」が全米チャートで週間最高3位、年間20位を記録するなど、彼女にとって最大のヒットとなった。PinkPantheressの躍進によって、ドラムンベースのサウンドはついにアメリカのリスナーにも受容されることになったが、このようにイギリスのアンダーグラウンドのサウンドがアメリカのリスナーの間でも広がっていく流れは、PinkPantheressの他にも、Central CeeやCharli XCXといったアーティストによってもたらされている。
Central Ceeはロンドンを中心とするグライムのサウンドを、Charli XCXは、PC Musicを始めとするハイパーポップやロンドンのレイブカルチャー/サウンドを「Brat Summer」という社会現象を通じて普及させた。The Guardianをはじめとするメディアは、現在のイギリス人アーティストによるアメリカ進出の成功や彼らが作り出す新たなトレンドを「クール・ブリタニア25」と呼び、1990年代に起こったイギリス・ポップカルチャーの流行の呼称であり、後にトニー・ブレア率いる労働党政権が、イギリスの国家ブランド戦略及びクリエイティブ産業振興のプロジェクトの名称としても使われた「クール・ブリタニア」のリバイバルに注目している。
「クール・ブリタニア」の時代
オアシス、ブラーをはじめとするブリットポップのアーティスト、アレキサンダー・マックイーンやジョン・ガリアーノ、ステラ・マッカートニーといったファッションデザイナー、ダミアン・ハーストやYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスツ)など、1990年代のイギリスのポップ・カルチャーは、世界的な一大センセーションを起こしていた。何より決定的だったのは、ダニー・ボイル監督による1996年の映画『トレインスポッティング』の大ヒットで、イギリスコンテンツは世界からクールなものとして認知されるようになり、エンディング曲の「Born Slippy」と共に、Underworldの名前は世界で知れ渡るようになった。
こうしたセンセーションを、メディアは「クール・ブリタニア」として取り上げたが、保守党からの政権交代を狙う労働党の若き党首トニー・ブレア(当時41歳)は、政治キャンペーンに若い活気とクールさを加えるため、1990年代に登場した新たなカルチャー・アイコンたちの波に乗ろうとする。トニー・ブレアは、「クール・ブリタニア」の空気感を吸収して、オアシスやブラーといったブリットポップの面々に接近し、民営化と規制緩和、社会保障の削減という1980年代のサッチャリズムに蹂躙され、暗く陰鬱な空気感が漂っていたイギリスで若きリーダーとしてのイメージを確立し、1997年に18年間続いた保守党政権から政権を奪取することに成功する。
その後、ブレア政権はそれまでGDP的な価値の源泉として見られてこなかった、文化やクリエイティブを産業として捉え、国家経済の成長戦略における重要なドライバーとする戦略として「クール・ブリタニア」を定義した(文化やコンテンツを通じて外貨獲得を目論んだ日本の「クール・ジャパン」も「クール・ブリタニア」から名付けられている)。「クール・ブリタニア」では、時代錯誤的と見なされていたユニオンジャックをはじめとするイギリスの伝統的なアイテムがヒップさとクールさを象徴するシンボルとして再解釈され、陰鬱だったロンドンは世界の観光客が向かうべき場所として持ち上げられた。「クール・ブリタニア」は一定の成果を収め、イギリス人アーティストやイギリス産コンテンツの国外輸出は大幅に加速したが、トニー・ブレアはその後イラク参戦や新自由主義的な政策路線で悪名を残し、ブリットポップも90年代後半からは徐々に衰退していくことになる。
PinkPantheressによる「Unserious」なリバイバル
そして、2025年。キア・スターマー率いる労働党が14年ぶり政権交代を実現させてから1年が経過し、オアシスの再結成に人々は熱狂している。だが、新たなイギリスのカルチャー旋風は、1990年代の「クール・ブリタニア」とは全く違った形で起こっている。The Guardianが指摘するのは、現在のセンセーションは、オリジナルの「クール・ブリタニア」におけるマス・マーケティングでプッシュされた白人を中心とする単一的な文化表現からこぼれ落ちたコミュニティや文化によって起きているということだ。PinkPantheressや、Central Cee、Charli XCXは、オリジナルの「クール・ブリタニア」では目を向けられなかった、もしくは風紀を見出す”違法”なものとして弾圧の対象とされてきた、イギリスのアンダーグラウンドのサウンドをアメリカのリスナーの間に広げることに成功している。
中でもPinkPantheressは、音楽的なリファレンスやビジュアル表現やファッションといった回路を通じて、オリジナルの「クール・ブリタニア」を始めとするイギリス的なノスタルジーや美学と、イギリスのアンダーグラウンドのカルチャーを結び付けているアーティストだ。それは(いかにもイギリス英語なタイトルが付けられた)彼女の最新ミックステープ「Fancy That」においても色濃く現れている。「Fancy That」のアルバムカバーには、ロンドンの赤い電話ボックス、王冠、薔薇、ティーパーティーといったイギリスのノスタルジックなシンボルがコラージュされており、ミックステープを構成するビジュアルの表現には、彼女のファッションでも多様されるタータンチェックや「クール・ブリタニア」を象徴するユニオンジャックといったシンボルが繰り返し登場する。
アルバムの一曲目「Illegal」では、「クール・ブリタニア」を決定づけた映画『トレインスポッティング』のサウンドトラックとしても使われたUnderworldの「Dark Train」がサンプリングされていることが曲のティーザー動画の公開直後から大きな話題を呼んだ。「My name is Pink and I’m really glad to meet you」から始まる曲の冒頭は、初めて挨拶を交わす二人組が握手を交わすミームとしてもバイラルし、現在までに100万本以上のTikTok動画で使用されており、「Illegal」は「Boy’s a Liar」に続く大ヒットとなっている。
そしてミームの拡散後、「Illegal」のバズが落ち着き始めた段階で、PinkPantheressはインタビューで、「Illegal」の冒頭は、恋人や友人による挨拶ではなく、ドラッグ・ディーラーからドラッグを受け取る際のやり取りを表現した曲であることを明かしている。オーディエンスはこのような「Illegal」におけるロンドンのレイブに関する小ネタの存在に即座に反応し、インタビュー動画によって曲はさらなるバイラルを引き起こした。
他にも彼女自身が、19世紀初頭のイギリスを舞台にした大ヒットドラマ『ブリジャートン家』と現代のブリストルを舞台にした『Skins』の融合と語る「Tonight」のMVは700万回以上の再生を記録し、「Girl Like Me」では、Basement Jaxxのクラシック・アンセム「Romeo」のフレーズを引用するなど、「Fancy That」にはリファレンスが満載で、イギリス的なシンボルが多様な形で盛り込まれている。
だが、新たな自国像の確立や愛国心のためにイギリスのノスタルジックなシンボルが活用された、かつての「クール・ブリタニア」の時代の空気感とは異なり、PinkPantheressは「Unserious」なやり方でノスタルジックな美学をコラージュする。そして、そのような彼女の力みのない態度こそが、ある種のキッチュさも伴うようなノスタルジックなオマージュと現代の融合、アンダーグラウンドのダンスミュージックとベッドルームポップの接続を軽やかに実現させている。
シンボルには常に新しい解釈が加えられ、その意味は常に変化する。「クール・ブリタニア」から30年が経過し、より多様なアイデンティティを包含するようになったイギリスで誕生したスター、PinkPantheressは、彼女らしい「Unserious」さでイギリスらしさを再文脈化するのだ。
PinkPantheress – Fancy Some More?
Release date : October 10, 2025
Stream : https://wmj.lnk.to/PPFSMPu
Tracklist
Illegal + Anitta
Illegal + SEVENTEEN
Girl Like Me + Oklou
Tonight + JADE
Stars + Yves
Noises + JT
Nice to Know You + Sugababes
Stateside + Kylie Minogue
Stateside + Bladee
Stateside + Zara Larsson
Romeo + Ravyn Lenae
Romeo + Rachel Chinouriri
Illegal + Nia Archives
Girl Like Me + Kaytranada
Tonight + Basement Jaxx
Tonight + Joe Goddard
Stars + DJ Caio Prince + Adame DJ
Noises + Mochakk
Nice to Know You + Loukeman + Leod
Nice to Know You + Sega Bodega
Stateside + Groove Armada
Romeo + Kilimanjaro
category:FEATURE
tags:PinkPantheress
2021/09/14
“ニューノスタルジック” ケニアをルーツに持ち、イギリスのバースで育ち、現在ロンドン在住の20歳の大学生PinkPantheressが、Mura Masaプロデュースによる最新シングル「Just for me」のMVを公開。今作は8月にリリースされ、TikTokでも200万本以上の動画に使用されるなど爆発的なヒットを生んでいる。 17歳の時にGarageBandで楽曲制作を開始、My Chemical Romance、Blink-182、Good Charlotte、初期のPanic! at the Disco、Linkin Park、Lily Allenに加え、K-POPなどを影響源に挙げており、90年代後半から2000年代初期の2ステップやドラムンベースのサンプルを多く使用した楽曲のスタイルを “ニューノスタルジック” と本人は表現している。本人曰く、以前のシングル「Pain」の “ほぼパート2” と紹介している「Just for me」のMVはPinkPantheress自身とLAUZZAがディレクションを手掛けた。 PinkPantheress – Just for me Label : Parlophone Records Release date : 13 August 2021 Stream : https://pinkpantheress.lnk.to/justforme
2021/10/02
90s〜00sパンクやK-POPの影響と2ステップサンプル ケニアをルーツに持ち、イギリスのバースで育ち、現在ロンドン在住の20歳の大学生PinkPantheressが、デビューミックステープ『to hell with it』のリリースを発表。TikTokを通して大きなバイラルを生んだMura Masaプロデュースの「Just for me」など、シングル4曲を含む全10曲。 17歳の時にGarageBandで楽曲制作を開始、My Chemical Romance、Blink-182、Good Charlotte、初期のPanic! at the Disco、Linkin Park、Lily Allenに加え、K-POPなどを影響源に挙げており、90年代後半から2000年代初期の2ステップやドラムンベースのサンプルを多く使用した楽曲スタイルを “ニューノスタルジック” と本人は表現している。 今作についてPinkPantheressは、「私の最初の作品として、このプロジェクトを皆さんと共有できることに超興奮しています。今年作った曲を集めて、まだ自分のサウンドを発展させている最中ですが、これらの曲を聴くことで、皆さんが理想的なファンタジーの世界に浸れることを願っています。」と語っている。 PinkPantheress – to hell with it Label : Elektra Records / Parlophone Records Release date : 15 October 2021 Pre-save : https://fpt.fm/app/30758/pinkpantheress Tracklist 1. Pain 2. I must apologise 3. Last valentines 4. Passion 5. Just for me 6. Noticed I cried 7. Reason 8. All my friends know 9. Nineteen 10. Break
2023/10/02
Sophie Mullerが監督を務めた PinkPantheressが、90年代R&Bの美学を反映した新曲「Mosquito」をリリース。Greg Kurstinとの共同プロデュース。ロマコメにインスパイアされたミュージック・ビデオも公開。 映像はBRIT賞やグラミー賞も受賞しているSophie Mullerが監督を務めた。PinkPantheressに比較的年齢が近い俳優陣として、India Amarteifio(”クイーン・シャーロット 〜ブリジャートン家外伝〜”に出演)、Charithra Chandran(”ブリジャートン家”に出演)、Yara Shahidi(”ブラッキッシュ”に出演)が参加している。 PinkPantheress – Mosquito Release date : Sep 29 2023 Stream : https://pinkpantheress.lnk.to/Mosquito
PinkPantheress 特別企画第二弾
AVYSSでは先日PinkPantheressへの日本初のテキストインタビューを実施し、特別企画として、日本の音楽ライター陣によってPinkPantheress像を掘り下げる短期集中連載をスタート。第二弾となる今回は国内外のシーンを俯瞰的に観測するKei Harada氏が、PinkPantheressとY2Kムーブメントの深い関係と、PinkPantheressをはじめとするイギリスの若手アーティストが表現する、90年代に起こったイギリスカルチャーの一大センセーションであり、後にイギリス政府の国家成長戦略となる「クール・ブリタニア」のノスタルジーについて考察した論考を掲載。
Text by Kei Harada
Graphic Design by JACKSON kaki
「Y2K」の象徴としてのPinkPantheress
PinkPantheressの存在を抜きに現在のポップカルチャーで起こる現象を語ることは不可能だ。ここ数年のトレンドの象徴である1990年代~2000年代リバイバル「Y2K」の中心にはPinkPantheressがおり、彼女が自称する「ニューノスタルジック」は音楽を超えて、歴史の方向感覚を失い、ノスタルジーに支配された現在のポップシーンのトレンドを規定するトーンとなった。
PinkPantheressの魅力を表現するためによく用いられるのが「Unserious」(不真面目、テキトー)という言葉だ。ソーシャルメディアで拡散される彼女のインタビューや言葉のやり取りは、どこか力が抜けていて、絶妙な緩さと可愛さがあり、親近感が感じられる。その空気感やアティチュードは、彼女の音楽の屋台骨でもあるサンプリングにも通底しており、PinkPantheresは、厳格で閉鎖的な印象さえあったドラムンベースや2ステップといった90年代から00年代前半におけるイギリスのアンダーグラウンドのサウンドを軽快にベッドルームに持ち込み、柔らかく浮遊感のある唯一無二なサウンドを作り上げることで、現在のポップシーンを代表するアイコンの一人となった。
とりわけ2022年の「Boy’s a Liar」は、海を越えアメリカでも大ヒットし、Ice Spiceが参加した「Boy’s a Liar Pt. 2」が全米チャートで週間最高3位、年間20位を記録するなど、彼女にとって最大のヒットとなった。PinkPantheressの躍進によって、ドラムンベースのサウンドはついにアメリカのリスナーにも受容されることになったが、このようにイギリスのアンダーグラウンドのサウンドがアメリカのリスナーの間でも広がっていく流れは、PinkPantheressの他にも、Central CeeやCharli XCXといったアーティストによってもたらされている。
Central Ceeはロンドンを中心とするグライムのサウンドを、Charli XCXは、PC Musicを始めとするハイパーポップやロンドンのレイブカルチャー/サウンドを「Brat Summer」という社会現象を通じて普及させた。The Guardianをはじめとするメディアは、現在のイギリス人アーティストによるアメリカ進出の成功や彼らが作り出す新たなトレンドを「クール・ブリタニア25」と呼び、1990年代に起こったイギリス・ポップカルチャーの流行の呼称であり、後にトニー・ブレア率いる労働党政権が、イギリスの国家ブランド戦略及びクリエイティブ産業振興のプロジェクトの名称としても使われた「クール・ブリタニア」のリバイバルに注目している。
「クール・ブリタニア」の時代
オアシス、ブラーをはじめとするブリットポップのアーティスト、アレキサンダー・マックイーンやジョン・ガリアーノ、ステラ・マッカートニーといったファッションデザイナー、ダミアン・ハーストやYBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスツ)など、1990年代のイギリスのポップ・カルチャーは、世界的な一大センセーションを起こしていた。何より決定的だったのは、ダニー・ボイル監督による1996年の映画『トレインスポッティング』の大ヒットで、イギリスコンテンツは世界からクールなものとして認知されるようになり、エンディング曲の「Born Slippy」と共に、Underworldの名前は世界で知れ渡るようになった。
こうしたセンセーションを、メディアは「クール・ブリタニア」として取り上げたが、保守党からの政権交代を狙う労働党の若き党首トニー・ブレア(当時41歳)は、政治キャンペーンに若い活気とクールさを加えるため、1990年代に登場した新たなカルチャー・アイコンたちの波に乗ろうとする。トニー・ブレアは、「クール・ブリタニア」の空気感を吸収して、オアシスやブラーといったブリットポップの面々に接近し、民営化と規制緩和、社会保障の削減という1980年代のサッチャリズムに蹂躙され、暗く陰鬱な空気感が漂っていたイギリスで若きリーダーとしてのイメージを確立し、1997年に18年間続いた保守党政権から政権を奪取することに成功する。
その後、ブレア政権はそれまでGDP的な価値の源泉として見られてこなかった、文化やクリエイティブを産業として捉え、国家経済の成長戦略における重要なドライバーとする戦略として「クール・ブリタニア」を定義した(文化やコンテンツを通じて外貨獲得を目論んだ日本の「クール・ジャパン」も「クール・ブリタニア」から名付けられている)。「クール・ブリタニア」では、時代錯誤的と見なされていたユニオンジャックをはじめとするイギリスの伝統的なアイテムがヒップさとクールさを象徴するシンボルとして再解釈され、陰鬱だったロンドンは世界の観光客が向かうべき場所として持ち上げられた。「クール・ブリタニア」は一定の成果を収め、イギリス人アーティストやイギリス産コンテンツの国外輸出は大幅に加速したが、トニー・ブレアはその後イラク参戦や新自由主義的な政策路線で悪名を残し、ブリットポップも90年代後半からは徐々に衰退していくことになる。
PinkPantheressによる「Unserious」なリバイバル
そして、2025年。キア・スターマー率いる労働党が14年ぶり政権交代を実現させてから1年が経過し、オアシスの再結成に人々は熱狂している。だが、新たなイギリスのカルチャー旋風は、1990年代の「クール・ブリタニア」とは全く違った形で起こっている。The Guardianが指摘するのは、現在のセンセーションは、オリジナルの「クール・ブリタニア」におけるマス・マーケティングでプッシュされた白人を中心とする単一的な文化表現からこぼれ落ちたコミュニティや文化によって起きているということだ。PinkPantheressや、Central Cee、Charli XCXは、オリジナルの「クール・ブリタニア」では目を向けられなかった、もしくは風紀を見出す”違法”なものとして弾圧の対象とされてきた、イギリスのアンダーグラウンドのサウンドをアメリカのリスナーの間に広げることに成功している。
中でもPinkPantheressは、音楽的なリファレンスやビジュアル表現やファッションといった回路を通じて、オリジナルの「クール・ブリタニア」を始めとするイギリス的なノスタルジーや美学と、イギリスのアンダーグラウンドのカルチャーを結び付けているアーティストだ。それは(いかにもイギリス英語なタイトルが付けられた)彼女の最新ミックステープ「Fancy That」においても色濃く現れている。「Fancy That」のアルバムカバーには、ロンドンの赤い電話ボックス、王冠、薔薇、ティーパーティーといったイギリスのノスタルジックなシンボルがコラージュされており、ミックステープを構成するビジュアルの表現には、彼女のファッションでも多様されるタータンチェックや「クール・ブリタニア」を象徴するユニオンジャックといったシンボルが繰り返し登場する。
アルバムの一曲目「Illegal」では、「クール・ブリタニア」を決定づけた映画『トレインスポッティング』のサウンドトラックとしても使われたUnderworldの「Dark Train」がサンプリングされていることが曲のティーザー動画の公開直後から大きな話題を呼んだ。「My name is Pink and I’m really glad to meet you」から始まる曲の冒頭は、初めて挨拶を交わす二人組が握手を交わすミームとしてもバイラルし、現在までに100万本以上のTikTok動画で使用されており、「Illegal」は「Boy’s a Liar」に続く大ヒットとなっている。
そしてミームの拡散後、「Illegal」のバズが落ち着き始めた段階で、PinkPantheressはインタビューで、「Illegal」の冒頭は、恋人や友人による挨拶ではなく、ドラッグ・ディーラーからドラッグを受け取る際のやり取りを表現した曲であることを明かしている。オーディエンスはこのような「Illegal」におけるロンドンのレイブに関する小ネタの存在に即座に反応し、インタビュー動画によって曲はさらなるバイラルを引き起こした。
他にも彼女自身が、19世紀初頭のイギリスを舞台にした大ヒットドラマ『ブリジャートン家』と現代のブリストルを舞台にした『Skins』の融合と語る「Tonight」のMVは700万回以上の再生を記録し、「Girl Like Me」では、Basement Jaxxのクラシック・アンセム「Romeo」のフレーズを引用するなど、「Fancy That」にはリファレンスが満載で、イギリス的なシンボルが多様な形で盛り込まれている。
だが、新たな自国像の確立や愛国心のためにイギリスのノスタルジックなシンボルが活用された、かつての「クール・ブリタニア」の時代の空気感とは異なり、PinkPantheressは「Unserious」なやり方でノスタルジックな美学をコラージュする。そして、そのような彼女の力みのない態度こそが、ある種のキッチュさも伴うようなノスタルジックなオマージュと現代の融合、アンダーグラウンドのダンスミュージックとベッドルームポップの接続を軽やかに実現させている。
シンボルには常に新しい解釈が加えられ、その意味は常に変化する。「クール・ブリタニア」から30年が経過し、より多様なアイデンティティを包含するようになったイギリスで誕生したスター、PinkPantheressは、彼女らしい「Unserious」さでイギリスらしさを再文脈化するのだ。
PinkPantheress – Fancy Some More?
Release date : October 10, 2025
Stream : https://wmj.lnk.to/PPFSMPu
Tracklist
Illegal + Anitta
Illegal + SEVENTEEN
Girl Like Me + Oklou
Tonight + JADE
Stars + Yves
Noises + JT
Nice to Know You + Sugababes
Stateside + Kylie Minogue
Stateside + Bladee
Stateside + Zara Larsson
Romeo + Ravyn Lenae
Romeo + Rachel Chinouriri
Illegal + Nia Archives
Girl Like Me + Kaytranada
Tonight + Basement Jaxx
Tonight + Joe Goddard
Stars + DJ Caio Prince + Adame DJ
Noises + Mochakk
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