Prettybwoy interview|越境する新しいアイデンティティ

「Tayutau / 揺蕩う」

 

 

中国・上海ALLが展開するレーベル〈SVBKVLT〉に唯一の日本人として所属するDJ/プロデューサー・Prettybwoyがリリースしたデビューアルバム『Tayutau』。「Tayutau / 揺蕩う」とは水や煙などさだめなく浮き揺らぐ様子から転じ、心理的な揺れ動きや気持ちや決意の一時的な喪失感、ときに情緒的な趣をも表現する日本語だ。その名が込められた本作には、東京を拠点に活動するPrettybwoyが制作期間にあたる過去2年間に感じたフラストレーションや混乱と変化の連続、揺らぐアイデンティティとの対峙などが濃密な音像となって包含されている。国を越境し独創性を追求する彼に、リリース元のSVBKVLTを中心にデビューアルバムのテーマや表現軸について話を訊いた。

 

Text by yukinoise

 

– デビューアルバムのリリースおめでとうございます。今回のリリース元であるSVBKVLTとはどのようなレーベルですか?

 

Prettybwoy(以下:P):ありがとうございます。SVBKVLTは、上海にあるクラブ・ALLのオーナー・GAZが始めたレーベルです。彼は上海にもう10年以上住んでるイギリス人で、ALLがまだSHELTERというクラブだった時代からKode9などUKのダンスミュージックを上海の若者に紹介するようなパーティーをやったり、そのカルチャーを現地に根付かせるような活動をしています。その活動の一環で始まったSVBKVLTの初期はカセットテープとかを出していて、だんだんデータやデジタルリリースをするようになったり、色々なアーティストが参加するようになっていきました。

 

– PrettybwoyとしてSVBKVLTに参加するようになったのはいつ頃ですか?

 

P:GAZを紹介してくれたのは日本のグライムDJ・Sakanaで、Swimfulが2016年にアルバム『PM2.5』をリリースした際、リミックスアルバムを出すって時にSVBKVLTと繋がりました。『PM2.5 Remixes』では「Frozen Pagoda」で参加してるんだけど、その制作段階からSVBKVLTでEPを出してみない?と誘われて。そこから出来たのが同年リリースの『Soulstice EP』です。

 

 

– 『Solstice EP』のリリースをきっかけにSVBKVLTのメンバーの一員になったのでしょうか?

 

P:当時はまだメンバーの一員ってほどでもなく、音源を出せる可能性があるところや仲間が増えたなって感覚でしたが、EPを出した後北京・上海での中国ツアーを機に彼らとの絆を深めていきました。食べきれないくらいの量の料理を出してくれたり、つたない英語でコミュニケーションを取り合ったり、初めてのツアーで緊張してる自分に好きなようにやればいいと言ってくれたり、もう至れり尽くせりで(笑)。実際、現場もすごい盛り上がってたしみんな優しくて温かったのを覚えています。

 

– 中国ツアーでの現地交流にてグッと絆が深まったようですね。普段からSVBKVLTのメンバー内で特に親交があるアーティストはいますか?

 

P:リミックスを手掛けたSwimful、彼と一緒に来日したことのあるHyph11Eとはわりと仲良しだと思ってます。2019年末の来日公演ではGabber Modus Operandiとも顔を合わせたし、その前年に来日してたOsheyackとは2度目の上海公演で一緒にプレイしてる。他にもDOMMUNEやWWWでGoooooseやZaliva-D、今は日本に住んでるDownstateとも一緒に演ったり、コロナ前にALLでSVBKVLTのパーティーをした時にスタジオでみんなと写真撮影もしたからここ2.3年でリリースがあった主要メンバーとはほとんど顔を合わせたかな。SVBKVLTは平均年齢も低くないから、みんなお互い落ち着いた仲間のような感覚でいると思う。中でも自分は知名度が低い方で焦った時期もあったけど、そういう想いは全部今回の制作で置いてきたつもり。

 

– 今回のアルバムタイトルの「Tayutau」にはどんな想いが込められてますか?

 

P:制作を進めるうちにコロナ禍や非常事態宣言、初めての自粛が起きたりと状況がどんどん移り変わって、当初掲げていたアルバムもコンセプトもその流れを受けて変化していったので。「Tayutau=揺蕩う」は、その感覚を表現するには一番適した日本語なんじゃないかな。

 

– 本作の制作を経て、心境の変化は何かありましたか?

 

P:心境の変化というか制作中は環境や社会がひと月、1週間単位でも目まぐるしい変化の連続だったのでデリケートかつ流動的な感じにはなってました。3年後が一体どうなってるかもわからない世界が来るとは想像すらしてなかったし、なんだかんだ生きていくんだと思ってたけどどうもそうはいかないようで(笑)。でもアルバムの制作を始めたことで自分がSVBKVLTのメンバーの一員だっていう感覚ができたとも思います。Gabber Modus Operandiに33EMYBW、最近ではParaadisoがアルバムを出して、海外やいろいろなメディアでSVBKVLTが中国のアンダーグラウンドミュージックとして注目され始めたから、自分は東京に住む日本人のアーティストとしてどう応えるべきか考えたりして。漫画やアニメで登場キャラクターをまるまる1話分使って深堀りする回想シーンが自分に回ってきたみたいな。なのでEPよりコンセプチュアルにしたし、PrimulaやlIlIといった海外でまだあまり注目されてない日本人アーティストを起用してみました。他人の力を借りてひとりじゃ開けない自分の引き出しを開けてもらったり、お互いに引き出し合ったりしたことで新しいものができたと思います。

 

 

– 制作期間にあたるこの過去2年は、個人も社会も揺らぎが大きかった時期でしたよね。パンデミック前、隔離期間、その後オリンピックの開催に向けての3パートに分けられるとのことですが、収録曲順に反映されているのでしょうか?

 

P:実際はパンデミックが始まる前の安定期間、非常事態宣言による自粛期間、その後クラブの営業などが再開し始めた自粛緩和ムードがあった期間の3パートに分けられますが、曲順には反映されてないです。最初に完成したのは9曲目の「Brontides」。PrimulaやlIlIとのコラボレーション曲「Jeopardy」「Rat’s Talk」や「Genetic Dance Ⅱ」もわりと初めの段階で作りました。「Genetic Dance Ⅱ」はEP『Genetics EP』に収録されている「Genetic Dance」の続編ですね。

 

– これらの曲の制作期間がパンデミック前の安定した時期にあたりますか?

 

P:コロナ前に比べたら安定していた時期ですね。色々なパーティーでDJをやってたのもあって、この時期の楽曲もどちらかといえばダンスフロアで聴くことを考慮されてます。「Brontides」は特にダンスフロアに強く向けられた曲です。

 

– コラボレーショントラックについてお聞きします。Primulaとの「Jeopardy」はどのような経緯で制作されましたか?

 

P:Primulaとの出会いはクラブだったんだけど、彼のアルバム『GONE』をその場で貰って話していたら自然と一緒に曲を作る流れになって。Primulaから送られてきた鐘の音と裏のコーラスみたいなシンセのループに自分はドラムループを付けて返して…と交換し合いながら作りました。実はお互い同じ曲名で2つのトラックを作り合っていて、その時返したループは彼がEasten Marginsからリリースした音に近いものだったと思います。

 

 

– 同名でもお互いの名義で違った魅力のある曲ですよね。Primula名義の「Jeopardy」の方が先にリリースされてますが、Prettybwoy名義の「Jeopardy」ではお互いの制作に変化はありましたか?

 

P:自分の「Jeopardy」はもっと違う感じにしようと思っていたとき、ちょうどMurloがラジオでかけていたVessel『Queen of Golden Dogs』の曲をかけていて。長くて展開の多いエレクトロニックミュージックにインスピレーションを受け、長めのを作ってみたら7分越えの曲が出来上がりました。Primulaのも自分の曲もお互いに“らしさ”が出ててよかったです。

 

 

– lIlIとはコラボレーショントラック「Destination」「Rat’s Talk」のほか、彼女の声や息遣いなどを楽曲で使っているそうですね。彼女を多く起用したきっかけを教えてください。

 

P:lIlIのことは「悪夢」のMVを観て以前から知っていましたが、実際に知り合ったのは幡ヶ谷ForestlimitにてDJで共演したときだったかな。手持ちのサンプル以外の音が欲しくてお願いしたらすぐに送ってくれて、コラボ曲以外だと「Genetic Dance Ⅱ」「Island」でも使わせてもらってます。「Rat’s Talk」は2019年にオケ自体がすでに出来ていたからDJの現場でもよくかけていたんだけど、アルバムに入れるなら声が入ってるほうが曲としていいかなと思ってサンプリングを重ねてみました。こんな曲がダンスフロアでかかったらオーディエンスは驚くだろうなと、自分がDJでかけたい曲を作った感じです。

 

 

– ダンスフロアで聴くことを考慮されてるとのことでしたが、ただ盛り上げるのではなく驚かせるという点をも考慮されていたとは。

 

P:盛り上がりそうなのにギリギリまでビートが入らない展開も面白いかなって。DJもパフォーマンスの一環だし、色々やって自分が面白がるのが一番だと思います。

 

– 彼女の音ネタ以外にも「Mikoshi」のような日常ノイズが自然に入ってくるような面白いサンプリングが本作には多い印象です。本作のリリースに際し、FACT Magazineから出していたミックスもアニメ〈KEY THE METAL IDOL〉の楽曲やセリフが使われていたりと、なかなかにマニアックなチョイスでしたよね。

 

P:「Mikoshi」に使ったのはフランスのPOLAARでレーベルメイトのSNKLSが日本に遊びにきて、一緒に居酒屋やお祭りに行ったときに彼がフィールドサンプリングしてた音源を分けてもらったのなんです。FACT Mixには〈KEY THE METAL IDOL〉のボーカルサウンドトラックに入っていたものや、劇場版〈機動戦艦ナデシコ〉のサウンドトラックを逆回転させたものに合わせてシンセサイザーを鳴らしたトラックを使っています。

 

 

– あのミックスもアルバムと同じくコンセプチュアルというか、ストーリー性がある作品でしたね。ストーリーといえば「孤独、失業、ハードディスクの焼失、プロジェクト全体の損失」と波乱万丈なプレス情報がありましたが、ハードディスクの焼失とは一体…?

 

P:ハードディスクは実際に焼失したわけじゃなく、Burn out=データが消失してしまったんです。去年のロックダウン中にハードディスクが動かなくなってしまって、データの吸い出しに給付金は消えてしまいました(笑)。失業は最近の出来事だけどコロナ禍の影響が大きいし、孤独はコロナ前からいつでも感じていたことです。自分は日本で生まれ育った日本人のトラックメイカーなのに、東京に住んで活動はしてるけど楽曲のリリースも海外のレーベルからだし、基本的な音楽の連絡事項はほとんど英語。その時点でどこか片隅には孤独があるというか、ある種のアンバランスさは持っているとも言えます。

 

– たしかに。そもそも日本自体がアジアのダンスミュージックシーンにおいても独立したものが確立されてる分、海外シーン全体として見るとある種の分断が生まれてるように感じるときもあります。

 

P:独自性がある分、何をするにもポップさ的なクッションや緩和剤が必要とされてるような気がします。すみっコぐらしやリラックマみたいな日本だからこそ生まれる数々のエンタメとも言えるアートがあるのは事実だしそれも好きなんですけど、日本でも伝わるようにわざわざポップに寄らなきゃいけないってのは別だし。POLAARやSVBKVLTのような海外のレーベルでは自分がやりたいことを尊重してくれるので、そもそも日本ではアーティストに求められてるものが違うのかなと。だからこそ、クラブ、ダンスミュージックもただポップに帰結して裾野を広げるんじゃなく、そろそろ別のタームに進まないといけないし「この人の音楽は何なんだろう?」と興味を持ってもらえる作品を作って、常に疑問符は投げかけていきたいですね。

 

– 上海ALLの現地メンバーもいれば韓国やインドネシア、日本のメンバーもいるSVBKVLTは欧米にも新しい影響を与えてるほどアジアシーンを牽引する存在ではありますが、日本で同じようにやるとなると難しいところですよね。特にダンスミュージックに限っては、ポップにいかずとも音楽の面白さを広げていく突き抜けた存在やロールモデルが生まれにくい環境なのかなと。

 

P:アーティスト単位でSVBKVLTのようにアンダーグラウンドの評価を超えて、欧米に影響を与えるってのは難しいでしょうね。それに彼らと同じことをやろうとしても日本には人材がいないし、いたとしても個人でYouTuberになって発信していく気がします。最近だと、どんぐりずのようにしっかりとした音を出しながらも自分たちをコミカルに表現しているアーティストもいて面白いなと思いましたが、レーベルとして上手くやれるかってなると現状厳しい。だけど日本でも鋭い視点を持って情報をキャッチしたり、まとめあげたり形作っていくことが大事だと思います。自分のファンになってくれている11歳の女の子や今回コラボしたlIlIくらいの若い世代にも、ダークで複雑な表現が受け入れられてるように新しい流れも今は生まれてきてるし。

 

– AVYSSとしても新しい流れを自分達の視点でフォローし続けていけるような存在でありたいと思います。新しい流れといえば、SVBKVLTのリリースあたりから表現や作風が変化したような印象があるのですが、現在もUKガラージ/グライムが軸になってる部分はありますか?

 

P:変わってきた部分もあると思います。UKガラージ/グライムの部分は薄くなってはきましたが、DJではUKガラージ/グライムを10年以上やってきているので、ダンスフロアでお客さんが踊ってくれて求められるときは全力で楽しませて当たり前という感覚は持っています。昔は色々悩んだりコロナ前は葛藤もあったりしたけど、同じ人前でのパフォーマンスでもダンスフロアや配信など用途によって変えてやればいいんだと、時の流れや違うシーンにも触れていくうち上手い切り替えや自分なりのコンセプトを持ってやれるようにもなれた。今度10月には〈KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭〉では、Asian Dope Boysのチェン・ティエンジュオの映像作品の展示でDJするので、これまでとはまた違ったアプローチのパフォーマンスをしてみたいです。

 

 

– 芸術祭でのインスタレーション的なDJもとても素敵なものになる予感がします。最近の活動を見ていると、音楽だけでなく3DCGでのアバター制作もされてるようですね。

 

P:あれは遊びで作ってるもので、コンセプトは「媚びない妹」です。自分のBandcampにあるシングルのアートワークにもなってます。3DCGに興味を持ったきっかけは『Solstice EP』のアートワークで、ファンタジーかつゲームっぽいような日本にはない感性に衝撃を受けましたね。今回のアートワークも3DCGで上海ALL周りのクリエイター、Wang Jingxinという女性のアーティストにデザインしてもらってます。上海やSVBKVLT周辺にはにはエッジの効いた3DCGデザインを作るクリエイターが当たり前のようにいるので、素人でも何か作りたいなと思って始めたんです。

 

– なるほど。コロナ禍によりバーチャルが表現の場となる機会が格段に増えましたが、3DCG作品が今後ご自身の楽曲にリンクしていく可能性はありますか?

 

P:アートワークなどはすでにありますが、楽曲となると難しいところですね。バーチャルへの参入にはまだ高い障壁があって、VRchatをやると分かるんですがヘッドセットがあるとないとじゃ没入感が雲泥の差だし高スペックなデバイスを入手するのも簡単にはそういかない。でもYen Techのアルバムの楽曲とからも感じましたが、3DCG・ゲーム、映画などからの影響を感じられるサウンドの作品が近年増えているようにも感じられるので、デバイスの進化によってこれから音楽の表現も変わっていくかもしれません。

 

– ありがとうございます。では最後になりますが、今後の展望などがありましたら教えてください。

 

P:また生きていく中で音楽を作ることが必要になったら、その時の感覚を落とし込んだ音楽を作っていけたらいいなと思います。10月にある〈KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭〉でのDJも楽しみです。

 

 

Prettybwoy – Tayutau

Label : SVBKVLT

Cover Design : Wang Jingxin

Photo : Takahashi

Mastering : Raphael Valensi

Release Date : 17th September 2021

Format : Double vinyl + digital

https://svbkvlt.bandcamp.com/album/tayutau

 

Tracklist

1. Destination feat. lIlI

2. Genetic Dance II

3. Mikoshi

4. Island

5. Jeopardy feat. Primula

6. Isol

7. SLT

8. Rat’s Talk feat. lIlI

9. Brontides

10. ó‹ (Tear)

 

 

Prettybwoy – Tayutau Remixes

Label : SVBKVLT

Cover Design : Wang Jingxin

Mastering : Raphael Valensi

Release date : 1st October 2021

Buy : https://svbkvlt.bandcamp.com/album/tayutau-remixes

 

Tracklist

1. SLT (Mr Mitch Remix feat. miles)

2. Island (Cooly G Remix)

3. Destination feat. lIlI (DJ Q Remix)

4. Mikoshi (Pinch Remix)

 

 

チェン・ティエンジュオ – 牧羊人 / Tianzhuo Chen – The Shepherd

 

[展示]

10.1 (金) 16:00-20:00

10.5 (火) – 10.31 (日) 11:00-19:00 (月曜休館)

 

[ライブパフォーマンス]

10.2 (土) 16:00

10.3 (日) 16:00

上演時間180分 (予定)

 

出演:

10.2 (土) Eartaker, Prettybwoy, VMO (a.k.a. Violent Magic Orchestra)

10.3 (日) Mars89, VMO (a.k.a. Violent Magic Orchestra) , ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U

*10.2, 3はライブパフォーマンス準備のため展示は公演チケット購入者のみ入場可。

 

【ライブパフォーマンス注意事項】

・13歳未満入場不可

・公演日はチケット購入者のみ15:30から展示をご覧いただけます。

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA

 

展示:無料

公演チケット

●前売り

一般:3500円

25歳以下:3000円

高校生以下:1000円

ペア:6500円

 

●当日

前売り料金+500円

 

詳細 : https://kyoto-ex.jp/shows/2021a_tianzhuo-chen/

 

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