2023/11/26
「正当なヒップホップ」のアルバム
Dos Monosのメンバーであり、ラッパー/トラックメイカー/ビデオグラファ―として活動する没 a.k.a NGS(以下、没)と、神奈川県大船を拠点に独自に進化したクラウドラップを展開するクルー・bringlifeのラッパー/トラックメイカーであるNaked Under Leather(以下、nul)によるアルバム『Revolver』が9月28日にリリースされた。
『Revolver』はアンダーグラウンド・ヒップホップを彷彿とさせる「summer」で幕を開けたかと思えば、ナイトコアといったインターネット音楽を思わせる大胆なピッチ変調、IDMのような電子音、ノイズ、有機的なカットアップ、スラッカー・ロック風の楽曲など、ユニーク且つ多彩なアプローチが詰め込まれた作品だ。
これらの要素は(少なくとも国内では)主流ではなく、本作は一見“本流”とは異なる実験的な作品であるように感じられる。しかし『Revolver』は、ただ本作を「エクスペリメンタルヒップホップ」と形容するだけでは済まされない「ヒップホップ」らしさが垣間見える作品ではないだろうか。
インタビュー・構成 : Ritsuko
撮影 : niijima / ナガタダイスケ
●異形に見えて実は正統派。現行ヒップホップへの反応
──1曲目『summer』のリリックに登場する「BLANKEY JET CITY」に「アベフトシ」という単語や、10曲目の『final cut』など、どことなくバンドの文脈を感じさせる要素も目立ちます。
没:そうですね。ただ自分たちは「(突飛な手法で)カマしてやろう」という考えでバンド要素を取り入れた訳ではなくて。最近の作品でいえばLil Yachtyが『Let’s Start Here』で新しいサイケを試みてたり、Lil Uzi Vert も『Pink Tape』でロックを使ってた。だから、バンド的なことをやるのも「今のヒップホップにおいて当たり前の手法だよね」というスタンスで捉えてます。
──なるほど。ただ、Lil Yachtyの『Let’s Start Here』などに反応した作品などは、現時点では国内ではあまり見られませんね。
没:リスナーとして反応しているのも、いわゆる“音楽オタク”のひとたちが多い気がする。ちょっと脱線するけど、Kendrick Lamarの一番新しいアルバム(『Mr. Morale & The Big Steppers』)でも、今までのヒップホップにはない技法がたくさん組み込まれているのに、割かし当たり前みたいな受容をされている感じがするんですよ。ケンドリックがやっぱりケンドリック過ぎるのとか、プロダクトとしての完成度が高すぎて自然に聞けちゃうのとか、理由は色々あると思うんだけど。そういうのは少しもったいないなと思ってます。
──つまるところ、“バンド文脈”に限らず、ヒップホップとして繰り出される新たなアプローチも、国内ではなかなか一般化し辛い傾向を感じます。
nul:なので案外、「なんでやっている人がいないんだろう」といった“フラストレーションの塊”みたいなものが『Revolver』と言えるかもしれないです。
没:フラストレーションはめっちゃあった!振り返ると「日本で他にやるやつがいないなら俺らで先にやっといたほうが良いんじゃないか?」という考えは、アルバムを作り始めたきっかけの一つですね。
──仮想敵にするわけではないですが、聴きなじみのない方にとっては『Revolver』を「Dos Monosの亜種」のように捉える方もいると思うんです。
nul:「エクスペリメンタルヒップホップのひとつ」のような。
──でも、今お話をして頂いたように、『Revolver』はかなり現行のヒップホップを踏まえた作品であると。
nul:そう。『Revolver』では普通に現行のヒップホップへのリアクションをしたつもりであって、そういった意味では同時代性のある作品だと思っています。
没:Dos Monosに関しては、いわゆる「ラップ的な価値観」をあえて理解しないままヒップホップを作ることで“突然変異”のような作品を目指すグループだと思うんだよね。
──楽器に触れたことがない人もバンドを結成し、新しい音楽のムーブメントとなった「NO WAVE」のようなスタンスなんですね。
没:そういう魅力だと思います。それを踏まえると『Revolver』は、今のヒップホップのマナーを踏まえて作っているので、真逆のスタンスかも。
nul:だから、『Revolver』は自分たちの中では純ヒップホップアルバム。
●ストリートに流通する「実験性」と「ラフさ」の美学
──いっぽうで、『Revolver』ではある種の「ラフさ」やDIYな質感が重んじられているように思います。昨今では「大手レーベルからリリースされるフォーマット」を意識したエンジニアリングやプロモーションを趣向するアーティストが多く感じるため、珍しいように思いました。
没:まじで「若い人たちうますぎない?」「プロダクト化する力がありすぎない?」って思います。ミキシング・マスタリングにしても凄すぎる(笑)
nul:そうですね。いっぽうで、2010年代のインターネットミュージックにあったいわゆるヴァーチャルな「インターネット」感とラフな「手触り」のような感覚が両立した作風は失われているような気がしているんです。ノスタルジアかもしれませんが、その点は『Revolver』を制作する際にふたりが共有していた認識だと思います。
没:逆に今の国外のラッパーには「インターネット」と「手触り感」がある。
──ブルックリンドリルとかでも「なんかBPM速すぎない?」みたいな作品や「ガサついたDIYなミックス」でヒットしている作品が沢山ありますよね。
没:自分が好きなニューヨークのRXK NephewとかイギリスのPretty Vは年間400曲みたいなあり得ない速度で曲をリリースしていて、結果として自然と「手触り感」が残されたまま楽曲がリリースされてるのが最高で。それがインターネット上のコミュニティや音楽オタクからではなくて、いわゆる“フッドのラッパー”から出力されている点が今を象徴してると思うし、共感する。
──「インターネット」と「手触り感」の共存という点において、『Revolver』を聴いたときにニューヨークのクルー・Surf Gangを思い出しました。
没:Surf Gangは自分たちの作品を「post-apocalyptic rap」って言ってるんですけど、そのキーワードにマジで共感するんです。
──技術や文明が目指す「数値的な完成度」のような指標が臨界点に達し、そこにフィジカルな有機性を介入させていくようなニュアンスを感じます。
没:まさに「インターネット」やと「手触りを感じさせるラフさ」、「プロダクションのクオリティ」と「実験性」両方の感覚が当たり前になったことを示すキーワードだと思います。
──ひと昔前ならPC Musicだとか、アートスクール系の人たちが持っていた感覚を、現代ではストリートの人たちも持っていると。
没:そうそう。だからSurf Gangのプロデューサー・Evilgianeがアールやケンドリックにビートを提供しているのは「その感覚が当たり前になってるんだよ」ってことの表れだと思います。さっきLil Yachtyの『Let’s Start Here』の話題が出たけど、第一線級のラッパーはこの変化に自然に順応してるんだと思う。
──その点、まさに『Revolver』はネットレーベルやインターネットを彷彿とさせる技法とDIYなラフさ、アンダーグラウンドヒップホップのような物質性と実験性が同居した作風になっていて、改めて作品の同時代性を感じます。
没:かなりファストに作ってるので良くも悪くも変なところがあるとは思いつつ、メチャクチャ普通にナウいヒップホップをやったつもりです。色んな要素が同居してるのも、ラップミュージックだからこそ可能なアプローチだとも思う。かっこいいラップを突き詰めるなら「じっくり完成度を高めるだけじゃなくて、適当にスピードだけで出すラフさも必要でしょ」っていう感覚がありますね。
nul:なので昨今のSurf GangもWu-Tang Cranも俺の中で完全に等価で、根本的な考え方は同じだと思っています。
没:俺の中でも、Playboi CartiとEarl Sweatshirtのラップのカッコよさは一緒というか、等価なものとして存在してる。
──「クオリティ」だけじゃなく「ラフなカッコよさ」も必要であるという根本的な考え方は共通しているということですよね。
nul:ヒップホップっていう歴史を本気で体験したら、皆それぞれ形式は違っても同じ根本的なカッコよさ、Dopeさとも言い換えられるかもしれないけれど、そういうアウラみたいなものを持つことになると思うんです。90年代のNYのスタテンアイランドの空気でヒップホップをしたらWu-Tangになるし、サウスだったら例えばトラップ、現代のブルックリンだったら例えばBKドリルになる。では、日本に今住んでいる自分達が当事者性を持ってヒップホップをしたらどうなるか。現在にまで至るヒップホップの歴史に本気で自分達を溶かして、出力する。そういう考え方で俺も作品を作っていますね。
──商業的には「盛り上がっている流行の形式」にあわせて作品を作るアーティストが多い印象です。
nul:流行のジャンルにおいても、その形式が持っている歴史的価値など、自分達が知らないリアリティがいっぱいあると思うんです。トレンドにあわせて楽曲の構造自体を取り入れることはできるかもしれないけれど、ジャンルが寓意するものを吸収するのは自分にとっては簡単じゃない。
──つまり、ヒップホップに見出してきた根本的な価値観や考え方をとおして、自分たちなりの当事者性をもって制作した作品が『Revolver』であると。
没:ひとまず、そういったテーマの作品を1作品リリース出来たかな。
●ルーツは2010年代インターネット/LA発のビートシーン。James Matthewからの影響
──『Revolver』にはネットレーベル全盛期のような美意識が感じられます。そこで、ふたりがそれぞれクルーに所属する以前の活動も伺いたいです。
没:2019年にDos Monosとして世に出始めた頃に、ソロ名義でもYouTubeに曲を上げたり、ライブをやったりしはじめました。nulは渋谷の7th floorでやった俺の最初のソロライブからゲストで参加してくれてたんで、今年で4年ぐらいの付き合いです。最初にnulにコンタクトをとったのは、MCビル風さんという方が、「Dos MonosとCQ Crew(bringlifeの前身クルー)が絡んだら面白そう」ってツイートしていたのがきっかけで、そこからnulのTwitterを見つけてDMして会いました。
nul:俺は恐らく6〜7年前に音楽を作り始めました。それまでは音楽を作ってなかったのですが、友達からAblton Liveの存在を教えてもらって、作った曲をSoundCloudにアップロードし始めたのが最初。当時から自分が好きだったノイズとかアンビエントみたいな音源です。リリースした作品としてはWasabi Tapesというレーベルからリリースしたノイズ/コラージュ作品が1作品目です。その後にbringlifeの前身になるクルーのビートを作り始めました。
没:自分もヒップホップを作る前は、ひとりでノイズを作ってmyspaceとかサンクラにあげてました。当時よくチェックしていたHi-Hi-Whoopeeという音楽ブログ/メディアがあって、2013年か2014年くらいにそこで取り上げて貰ったこともあったり。
──やはりふたりの活動初期にネットレーベル色があるんですね。
没:メッチャあります。ビートを自分で作ろうと思ったのはそのHi-Hi-Whoopeeのコンピ『Meili Xueshan I&II』に入っていたJames MatthewやaNTOJE、DTCPUあたりを知ったのが大きかった。そこからTiny Mix Tapesみたいなメディアとか、SP-FORUMSみたいな掲示板サイトで似た方向の音を漁りまくってました。
nul:俺もケンドリックとかオッドフューチャーとか普通に聞いていたけど、これ自分で作れるんだみたいになれたきっかけとしては、ネットレーベルが大きいかも知れないです。
──取材直前に荒井優作さんに入れ知恵してもらった情報なのですが、ふたりとも2010年代の、ロサンジェルスのビートシーンから影響を受けていると聴きました。
nul:そもそも、俺はJames Matthewは荒井くんに教えてもらったかもしれないです。
没:俺はJames Matthewと、彼と一緒にEL SERENO RECORDS / Family Eventをやってたaaronmaxwellのふたりに会いたすぎてロサンジェルスに交換留学に行きました。実際にビートの作り方とかも直接会って教えてもらったりして。
──没さんがSP404 SXを使っているのも含めて、納得ですね。
没:そうすね。SP404 SXは今はライブで使っているだけなんですけど、あの“雑さ” “無骨さ”はやっぱり好きで、ずっと手元に持っていたいと思いますね。
──あと、荒井優作さんはSusan Balmarもあげていました。
没:もちろん。Susan BalmarはWarm Thighsとか他にもいろんな名義でヒップホップを作ってたり…ここら辺の話は熱くなっちゃうんだよね…。James MatthewもSusan Balmarと絡みがあって、SLF Tapesっていうレーベルがあって…。今この話が出てくるインタビューやばい(笑)。自分の入りは完全にそういうシーンで、今でも本当に影響がデカい。そこにある「ヒップホップのビートなんだけどメチャクチャ私的な表現をしてる」ような感覚がずっと体に染み付いてます。
nul:D/P/Iもデカい存在です。俺もD/P/IやSusan Balmar、James Matthew…その流れでLeaving RecordsのMatthewdavidとか、ちょっと違いますけどSun Arawとかに強い影響を受けています。
──Sun Arawもニュアンスは近いですよね。荒々しい物質感のあるサウンドとエクスペリメンタルな手つきが同居している。
nul:そうそう。めっちゃweedを吸ってそうな感じ。
没:Leaving Recordsは、よりLAのビートシーンに見られる美意識をちゃんと外に出そうとしてた。それでも、各アーティストはインターネットでもリンクしていたみたいです。
nul:普通にローカルの付き合いもありますもんね。
没:そうそう。SofieっていうBoiler RoomのDJの人がハブになっていて、Mndsgnとかも含めて皆がお互いに知り合いな感じでした。
──LAのビートシーンからの影響がルーツにある点は、かなり『Revolver』を聴いていても感じられる要素ですね。エクスペリメンタルな404などによるDIYな質感と、ヒップホップのビートを貴重としながらも、よりエクスペリメンタルな質感を加算したような。
没:そうですね。いわゆる“LAビート”よりもっと閉ざされた、Mediafireにしかアップロードされていないような作品群がルーツにあります。
nul:そこら辺はふたりのルーツであり、共通点です。
没:nulと最初に会った日もそういうビートシーンの話をしたのを覚えてる。Susan Balmarやばいよねっていうか、当然通ってるよね?っていうのをまず確認した(笑)。
nul:それが共通認識の人は多分あんまいないと思います(笑)。
没:インターネットの奥地にある音楽だけど人の手触りがめちゃあるというか。曲を聴いていて「ここで切ってるな」とか「ここで押してるな」といったボディな感覚が伝わってくる(笑)。グリッドじゃない身体性が大好きでした。
──『Revoler』では『stardust dragon』とか『all x』はいわゆる“今のネットっぽい”サウンドですが、そのトレンディなニュアンスだけじゃない点がアルバムの面白いポイントだと思うんです。作品に内包された多様な要素のひとつが紐解けた気がします。
没:そうすね。サウンドのみならず活動における態度とかまで、深いところで影響を与えている要素だと思います。
●「ツーカー」なふたりのラップスポーツ
──2人ともラップができて、ビート作れるなかで、『Revolver』はどのようなプロセスで作りましたか。
没:特に話しあってないけど最初からお互いに半々くらいのイメージがありました。J DillaとMadlibの『Champion Sound』みたいな感じで。
nul:そうですね。普通に「お互いに平等」というイメージで制作して、実際にそういった配分になっていると思います。制作もビートが来たらラップを乗せてそのまま送り返すように、基本的に一往復でしたね。
没:「nazoloop 65」って曲はふたりで一緒に制作したんですけど、自分がしたことは1トラック追加して再生したYouTubeをブチ込んだだけですね(笑)。なので、意外と分業のようなプロセスで制作していたけど、それでも統一できる自信がありました。
nul:よく言えばそうすね(笑)。
──話を聞いていても、阿吽の呼吸を感じますね(笑)。先ほど「ふたりは長い付き合い」という話を伺いましたが、どのような切っ掛けで『Revolver』の制作が始まったんでしょうか?
nul:これが具体的には覚えてないんですよね。
没:それまでもアルバムと関係なく年に1,2曲くらいはnulと制作していたし、「そろそろまとまった作品いけるんじゃないか?」ぐらいな感じで始まったと思います。作ったビートの取捨選択とか事務的な連絡はしたけど、特に大きい議論とかもなくスムーズに制作が進みましたね。
──すると、制作をするときに『アルバム』のイメージを擦り合わせるような作業もなかったのでしょうか。
没:音楽性を事前にすり合わせるような作業は殆どなくて、結局は「2人でただヒップホップアルバムを作ろうとした」だけです(笑)。ミックステープ作品のようなノリですね。ミックステープ作品というかラップ遊び、ラップスポーツといった感覚だと思います。
nul:イメージに関しては、普段聴いている楽曲が自然とエッセンスとして出てくるような感覚です。普通に聞いて、普通に自分のなかで消化して、普通にビートを作る。なので、制作に関しては結構ゆるやかに出来ましたね。日常的にトラックやラップを作って出来た作品だから、アルバムにマッチした作品をフォルダにブチこんだような感覚で『Revolver』が完成しました。
──なるほど。
没:しいて言えば、淡々とYouTubeで見つけたラッパーを紹介しあってました。今も日常的にやってるんですけど、bringlifeのDiscordサーバのなかに「nulと没のラップメルマガ」というチャンネルがあって、そこにふたりでリンクを貼りあってひとことコメントするみたいな。
nul:たしかにDiscordの存在は、ふたりで自然と制作するうえでデカい存在だったかもしれない。ルーツであるSusan Balmarやヒップホップへの根本的な考え方を共有しているものの、当然ヒップホップも日々変わっていきます。なので、最近の楽曲を特にDiscordで教えて貰いました。
没:俺もめちゃくちゃ教えて貰ってます。Discordでの日々の微調整、めちゃ重要だったかもしれない。
──ルーツとして10年前のインターネットの話が出てきましたが、制作過程は“今風のインターネットですね。
nul:Discordのやりとりも、ある意味では『Revolver』のインターネット感かもしれないです。
没:ずっとインターネットが大好きだから(笑)。
●「ミステリアス」のモンタージュ。『Revolver』の“ハイパーポップ”?感を解剖する
──アルバムのサウンドに着目すると、アンダーグラウンドヒップホップを彷彿とさせる作品かと思えばボーカルにメチャクチャディレイが掛かった作品になっていたり、いわゆる“ハイパーポップ”などを彷彿とさせる作品があったりと、多様な印象を受けました。
没:ディレイをメッチャかけてるのは3曲目の「shhh」ですね。あの曲はブーンバップでEnyaをやろうとしました(笑)「all x」のボーカルごとピッチを変えるやつとかもそういう印象を与える要素なのかもしれないですね。
nul:「all x」は俺のビートなんですけど、前半のピッチ早くて、後半にビートチェンジしているのは没さんのEditです。なので、ハイパーポップ要素を昇華してるのが没さんですね。
没:ただ俺としては、直球でハイパーポップに意識が向いているというよりは、TisakoreanとかNa-Kel Smithみたいなラッパーの「過剰なエディット感」からの影響の方が大きくて。Tisakoreanもボーカル含めてがっつりエディットする作風で、「曲、ビートのためにラップ」があるようなスタンスなのが面白い。逆に今のエコポップとかに垣間見えるような浮遊感のある要素は俺にはなくて、それはnulが持ってる要素ですね。俺がヒップホップマナーで取り入れている編集感とnulの浮遊感が合算されて、結果的にハイパーポップを彷彿とさせるサウンドになっているのかもしれない。この話で言うと、BBBBBBBの西園寺流星群さんがまさに「違う方向の2つが混ざって、結果的にハイパーポップぽくなってるのが面白い」って評してくれて、その言葉に自分もしっくり来ました。
──浮遊感に関して言えば、bringlifeのトラックにおいてもクラウドラップのようなエアリーな質感がありますね。
nul:多分俺が何かをやると、ふわふわヌルヌルとしたクラウドラップになっちゃうっていう(笑)。それは、俺が相当”クラウド”なものが好きというのが理由だと思います。
没:浮いていたい。nulのラップも”クラウド”だもんね。
nul:人生も同じですね。やはりトラックは「気持がちいい」ものがめっちゃ好きです。2010年代のインターネットの潮流で聴き始めたClams Cassinoだったり、前述のLAの音楽も聞いててやっぱ気持ちが良い。
──自分はnulさんの作品に組み込まれたIDMらしい電子音やノイズなどから、Lil Ugly Maneを想起しました。
nul:Lil Ugly Maneは俺めっちゃ好きなんすよね。
没:Lil Ugly Maneはロック好きだっていうポイントがあると思うんです。ロック好きな人がラップで好きなことをやると、ああいった作風になるというか。
nul:メンフィスのラッパー/プロデューサーのCities Avivもハードコアバンドのボーカルをやっていますね。
没:俺も完全にロックの人間なんで、そういった点でnulしかり『Revolver』にLil Ugly Maneの片鱗が見えるのかもしれないですね。
●現代詩めいたリリシズムと「ミステリアスさ」のモンタージュ
──没さんのラップには、Playboi Cartiのような「ラップを楽器として扱う」ようなスタンスを感じます。
没:俺はほぼ日本語ラップが聞けなくて。音楽きいてる時はあんまり言葉が耳に入ってこない人間なんです。だからラップが音としてカッコ悪かったら聞けなくなってしまう。でも、当然自分が日本語で書くときは言葉の与える印象を大事にしたい気持ちもあるんで常にせめぎ合ってます。
──『Revolver』のリリックに関しては、生活そのものがエクストリームであることではなく、日常で一歩転んだ先に立ち上がるサイケデリックさを描くようなスタンスですよね。
没:それこそ、リリックでも間接的に触れているチバユウスケや浅井健一の歌詞は「一見意味わかんないけど、あえて遠回りをして意味を立ち上げる」ようなスタイルで、俺はかなり影響を受けています。最近はラッパーよりも短歌の人たちにメッチャfeelすることが多いですね。
──ある種のミステリアスさを伴った言葉選びというか。
没:そこはネット音楽特有の説明不足的な美学にも戻る気がします。創作のお母さんとしてミステリアスなニュアンスを持つSusan Balmarを見てしまっているので、その影響は大きい。
──事実をそのまま述べることの面白さもあれば、ちょっと遠回りすることで発動する効果もある。歌詞においては、そういった意味で「ミステリアスさ」があるのかもしれないです。
没:まさに、それをやりたいっすね。
──いっぽう、nulさんのラップにおいては、生活を正直に描写するような態度が伺えます。
nul:自分は日常的にリリックを書いていて、内容に関しては「思っていることを素直に書く」ということに尽きます。曲が完成してから気付いたんですが、結構使い回したりしてました。
没:最初の頃4曲くらい同じ歌詞あったりしたよね。
nul:いわゆる「こだわり」らしい要素は無いかもしれません。
──あえて背伸びをしないような。
nul:よく言えばそうっすね(笑)。「get high、get high、get high〜♪」みたいなことは別に言えないな、みたいな。
没:そういうのは難しいというか、まだそこまでいけてないっすね。本当は元気にしてあげたいなって気持ちはあるんだけど(笑)どうやったら言えるようになるんだろう?
──わからん。
nul:わからん。
没:やっぱ馬鹿になるしかないのかな。
nul:居心地が良いというか、「自分たちができることをベースに作品を作ろう」というスタンスで今のスタイルになっているかもしれないですね。
没:でも、挑戦はしています。ただ居心地良くいたい訳ではなくて、今のシーンに対して能動的に反応していくような態度は持っています。ストレスのない、スポーツのように楽しい挑戦ですね。
nul:俺は割と今まで通り作ったフシがあるのですが、個人的なスタンスにおいては没さんの影響で解放された部分はデカいです。
── 作品の中で異なる要素と連続することでモンタージュが起きて、従来とは異なる意味が発生しますよね。
nul:あんまり意識はしてなかったんすけど、ラップに関しては自然と分担が出来ましたね。
没:作品としては、同じラップの仕方でも聞こえ方がbringlifeと違うと思う。可愛さが際立っているというか。
── 先ほどルーツから影響を受けた「ミステリアスさ」というキーワードが出ていましたが、その入力が没さんは特にリリックに、nulさんはサウンドの浮遊感として出力されているように思うんです。
没:俺のトラックが具象っぽくて、nulが抽象みたいなニュアンスだと思うので、アルバムのカラーもそういったプロセスで決まったのかもしれない。
●「埋め尽くしたい」から自分でビデオを撮りまくる。
──没さんとnulさんの活動で言えば、ふたりのシングル「天」のほか、『Revolver』からは「summer」「seaside memory」「final cut」のMVが出ています。没さんがYouTubeにてMVを自分で撮影し、無数にリリースしている点も印象的です。
没:RXK NephewやYN Jay、ICYTWATみたいな、ビデオを毎日のようにアップロードするラッパーたちからの影響すね。もともとYouTubeがすごく好きなんだけど、今一番熱い(ラッパーとしての)YouTubeの形は「沢山MVを上げること」だと思ってるのでトライしてます。スタイルに関しては、自分でやるしかない状況によるものです。
──では必要だから事務的にとっているというより、MV自体が好きだから取り組んでいるんですね。
没:そう。早いペースで曲をリリースしてるのに、ビデオもあるんかい!みたいなファストなノリが大好きなんです(笑)実際に自分で取り組んでいる理由としてはPR意識も勿論あるんですけど、そういった意識以上にMVが大好きなんです。特にヒップホップにおいては身体を拡張して、ラッパーを「スーパーヒーロー」のように演出する効果がありますよね。MVのそういった側面が好きなポイントです。
──ラッパーがキャラクター化していくような。
没:『Revolver』でもあと2曲くらい出す予定です。話が戻るけど、Susan Balmar周辺のシーンも本人たちが作ったのか分からない謎のビデオがメチャクチャアップされてた。
──同時期に、国内のラッパーでも本人が作ってないミュージックビデオが複数ありましたね。
没:自分がSoundCloudではなくYouTubeに曲をアップロードするのは、そういった文化からの影響だと思います。その空気感を、自分自身で無数にMVをアップロードすることで演出したいと思ってて。
──たしかに、コイツは何者なんだ、といった印象が立ちあがりそうですね。
没:単純に、量が多ければ多いほど実態が掴みづらくなる。つまるとこはバカなんだよね(笑)埋め尽くしたいっていうのが根源的なモチベーションです。
●風邪の声で収録し、それを面白がるリスナーがいる。保守的なシーンへのカウンター
──自作のMVをメッチャリリースしていることだったり、あえてガサついたミックスにしたりと、各要素が王道なスタンスではないものの統一されたカラーを感じます。
没:『Revolver』のニュアンスが自分たちの「やりたいプロダクション」のイメージですね。ただ、もっとこういう作品をお金に繋げたいと思っているんです(笑)なので、『Revolver』をきっかけに、ちゃんとサブスクにもあげていくつもりです。今回は自分たちが依頼してインタビューをやってもらってるけど、それも『Revolver』を俺たちが出来る範囲でちゃんと広めようと思ったからですね。
nul:なので、『Revolver』がApple MusicやSpotifyで配信されることに意義があると思うし、そのヤバさを噛み締めてほしい。
没:同時に「昨日も上がってたし、今日も別の新曲が上がっている」ようなファストなスタイルで活動していきたい。
nul:Duwap Kaineとかもビデオのペースが早いのは勿論、風邪かなんかで喉が悪い時にあえてラップして「喉悪いバージョン」を作っていたりしてヤバいんです。リスナーも「その声めっちゃいい!」みたいなコメントをしてたり(笑)。
没:アメリカのオーディエンスには、そのファストな面白さを理解する層が多いと思う。それを伝えるような使命感もあります。
(nul注:喉悪いバージョンが消されていたため、Duwap KaineのFunnyなMomentsを集めたビデオを共有します)
──リリースペースの速度に関しては、かなり資本主義リアリズムのような文脈で語られるケースが多いと思うんです。国外のラッパーたちは必要に駆られて沢山リリースしている可能性もあるかもしれないですが、早くラフに作品を作る美意識や面白さもあるんですね。
nul:メチャクチャありますね。やはり、良くも悪くもトレンドに対応させる形で、商品のように清潔に仕上げて作品をリリースすると、リスナーとしても解釈の余地が限られるというか。そこに誤配の可能性が生まれ辛いと思うんです。XXX Tentacionがベースをめっちゃ歪ませていたり、BMWの起動音をサンプリングしてループさせていたり、「ある意味ではメッチャ適当なのに、それが新たな価値を持って売れてしまう」ようなアプローチが自分の原体験なんです。なので「プロダクションとしての完成度」ではなく、やはりラフであることの魅力は実感しています。普通にどちらも好きだし、ステレオタイプなラフさ=ローファイ感みたいなものを盾にしたくないけれど。
没:ラフさも、その時代における新鮮さも両立するのが理想です。
──なるほど。
nul:これまでも話に出たLil Yachtyでいえば「Poland」は、まさにラフでありフレッシュな作品だと思っています。あれがヒットする環境が羨ましい。
没:そういうやつがバジェットがあるアルバムを出せるのが理想だよね。恐らく、そういったアーティストがどんなに大きなバジェットでアルバムを作っても、根本的に持ってるラフなニュアンスは変わらないと思うんです。実際、Asap Rockyとかはそういった環境と態度で作品を作っているように感じる。
nul:やはりAsap Rockyの『Testing』とかも、日本のマーケットならもっと保守的な作品になっていると思うんです。Clams Cassinoらとミックステープを作っていた時期と比べて圧倒的に知名度があるなかで、安牌を取らずにDean Bluntなどを起用して新しいスタイルに挑戦している。そして、それが売れている状況の方が、同じような作品を作り続けるより絶対に良い。
──バジェットが大きくなると、ヒットする可能性の高い保守的な作品を作るアーティストは多い印象です。
没:でも、本当に「売れた後も新しい作風を取り入れる」ことが難しいのか疑問に思っちゃう。すでに売れているアーティストなら、変化球でも普通に売れそうな気がしない?
nul:とはいえ現状では「流行の作風」というお題の再現が、多いですよね。
──そのような保守的な状況が構築される要因は“お金の事情”かもしれないですが。素直に考えれば「純粋な再生産」に作品としての面白さは感じ辛いですね。
nul&没:単純にそうっすね。
没:結局はやっぱり、日本が貧しくなったことに尽きるのでは…。賭けても絶対負けるような状態だから、安全牌しか選べない。
── 賭けをすることのリスクとリターンを考えたときに、メリットがなさすぎて保守的になっていると。
没:そうだと思います。その点、俺らだったら賭けに出れるから、『Revolver』のような作品を作ったということですね。ってか好きにやれる人たちが、好きに作品を作らない理由がない!(笑)
nul:俺らは完全に何もないから…。俺は90年代の日本語ラップが好きなんですが、ある種の誤解や翻訳を通じて、結果としてオリジナルな作品になっているからなんです。そういった作品すらなくなって来た時に、カウンターとして『Revolver』のような作品を作っているフシはありますね。
── 「nazoloop 65」のリリックで「ショーレース I hate it」という歌詞があるように『Revolver』には、かなり「シーンに対する応答」のような側面があるんですね。
nul:そうです。勿論自分たちが好きなことをやってはいますが、ただ単に「好きなことやっててできました!」という作品ではないですね。
没:好きだからこそ、好きなものへの考えや気持ちが出る。
●ジャケットが象徴する同時代性。HIPHOP版『Revolver』
── アルバムの話をひととおり伺って、改めて雨霧うみさんが手掛けるアートワークと作品のイメージが合致しているように思います。人間らしい有機的な手触りと、少しレイドバックしたインターネットのイメージ。
nul:音源が揃ったタイミングで、もともと個人的にネットで見かけて作品が好きだった雨霧さんに声をかけました。もちろん、「作品にマッチしそうだな」とも思いましたね。
没:雨霧さん含め、コロナ禍が過ぎ去って「手触り感」のあるアーティストが増えて来たような気がする。音楽でいえばまたバンドも増えているし、隔離された空間から、また現実に戻ってくるような。
──グラフィックにおいても、アシッドグラフィクスの流行がかなり落ち着いてきた印象です。
没:人の気配が感じられる方が好まれてるのかも。
nul:そういった昨今の傾向も雨霧さんにジャケをお願いした理由かもしれない。別に俺たちの写真とかじゃなくて、Testingかな。
没:「Testing」ってことすね。Revolverって「Testing」みたいな意味だと勝手に思ってて。
──いわば「ランダム性」や「偶発性」を象徴するキーワードというか。
没:特に話あうこともなく、タイトルはRevolverでお互いに納得したんだよね。
nul:だから、俺たちのアルバムはヒップホップ版『Revolver』というイメージです。ビートルズが世界一売れたバンドであるということも、自分たちのような活動にとって大きな意味を持っていますね。
──当たり前ですが、平たく言えば「もっと変なことして良いんだよ」ということを思い出します。
nul:「コレでいいんだ」みたいな感覚は、音楽を聴き始めた時に学んだことであり、自分にとっての「dopeの原点」です。
没:“一風変わったアプローチを取る”ことで、作品の魅力が伝わりやすくなるような。
nul:そう考えると、ヒップホップも同じだと思います。
没:最初聞いた時ビビったもんね。サンプリングとか、ワンループとかやって良いの?っていう。
nul:そもそも俺は楽器が弾けなかったので、出会った時の衝撃は大きかったし「しかも、お金稼げてるやん」という驚きもありました。
── 広義な「作品」が本来有しているはずの可能性を同時代のヒップホップから汲み取って、改めて提示した作品が『Revolver』であると。
nul&没:まさに。
没:これで爆売れするつもりだから。
Naked Under Leather, 没 a.k.a NGS – Revolver
Release date : Sep 28 2023
Stream : https://distrokid.com/hyperfollow/nakedunderleatherbotsuakangs/revolver
1. summer
Produced by Naked Under Leather
2. mariah carey
Produced by 没 aka NGS
3. shhh
Produced by 没 aka NGS
4. onzon
Produced by Naked Under Leather
5. naitemoiiyo
Produced by Naked Under Leather
6. all x
Produced by Naked Under Leather
7. stardust dragon
Produced by 没 aka NGS
8. seaside memory
Produced by Naked Under Leather
9. nazoloop 65
Produced by Naked Under Leather,没 aka NGS
10. final cut
Produced by 没 aka NGS
Mastered by woopheadclrms
Artwork by 雨霧うみ
category:FEATURE
tags:Naked Under Leather / 没 a.k.a NGS
2023/09/28
「final cut」のMV公開 東京のヒップホップトリオ・Dos Monosのラッパーであり、MVディレクターとしても活動する没 a.k.a NGSと、神奈川県は大船を拠点とするヒップホップクルー・bringlifeのプロデューサー兼ラッパーのNaked Under Leatherによるコラボアルバム『Revolver』がリリース。アルバムのラストを飾る「final cut」のMV公開。 客演を迎えず、ラッパーとトラックメイカーを兼任する没 a.k.a NGSとNaked Under Leatherが各々収録曲の約半分ずつをプロデュースしている本作では、生粋のヒップホップ愛好家である2人が、独自の好奇心と実験精神を爆発。エクスペリメンタルなビートとラップでありながら、現行のヒップホップシーンとの同期も感じさせる。カバーイラストは雨霧うみが描き下ろした。 Naked Under Leather, 没 a.k.a NGS – Revolver Release date : Sep 28 2023 Stream : https://distrokid.com/hyperfollow/nakedunderleatherbotsuakangs/revolver 1. summer Produced by Naked Under Leather 2. mariah carey Produced by 没 aka NGS 3. shhh Produced by 没 aka NGS 4. onzon Produced by Naked Under Leather 5. naitemoiiyo Produced by Naked Under Leather 6. all x Produced by
2023/09/09
Surf GangのEvilgianeがビートを制作 Dos Monosのメンバーとしても活動するラッパー没 a.k.a NGSが新曲「DENNIS WILSON」をリリース。 NYのラップクルー〈Surf Gang〉の中心メンバーで、今年になってからKendrick Lamar、Baby Keem、Earl Sweatshirtにもビートを提供し、注目を集めているプロデューサーEvilgianeの手がけたビートの上で、没 a.k.a NGSが自身の敬愛するThe Beach Boysを想起させるメロディアスなフロウを披露する。Dennis WilsonはそのThe Beach Boysのメンバーで、唯一サーフィンを嗜み”真のビーチボーイ”とも呼ばれたが、1983年に泥酔状態で船の甲板から太平洋に飛び込み溺死した。 あわせて没 a.k.a NGS自身が制作したMVも公開。 没 a.k.a NGS – DENNIS WILSON Release date : Sep 9 2023 Stream : https://linkco.re/zRZn3cYv
2021/12/23
MVも聖子が手掛けている 崎山蒼志、black midiなど国内外の気鋭アーティストから、台湾のIT担当大臣オードリータンやテレビ東京のディレクター上出遼平まで、様々なカルチャーアイコンとコラボレーションを続けるオルタナティブヒップホップトリオDos Monos。 そのDos Monosのメンバーでもある没 a.k.a NGSが新曲「いつかのeverything」を自身のYouTubeチャンネルにて公開。ビートと映像は聖子が手掛けている。 また、今回の新曲の前日には別の新曲「Xmas 練」も公開されている。両曲は近日リリース予定の作品に収録される。
第1弾収録アーティスト発表 more
レーベル第一弾作品は後日発表
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受け手の自由に寄り添う作品
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