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Rave Traveller in South London

サウスロンドンで見たある夜の思い出

 

 

万物流転という言葉があるように、世の中は常に変化で溢れている。季節、テクノロジー、流行りのファッションや街中で流れるヒットチャート、人間関係、新型ウイルス。わたしたちが生きるこの世界には何ひとつ変わらないものなんてなく、すべてが猛スピードで日々アップデートされていく。そんな中、EU離脱という大きな変化に揺れる英国の首都・ロンドンのパーティーシーンも今、かつてシーンの中心地だったイーストからサウスへと移り変わりつつあるらしい。移ろいゆくサウスロンドンの中で見たある夜の思い出を写真とともに振り返る。

 

Text & Photo by yukinoise

 

 

パーティーに行く前に、まずは少しサウスロンドンについての話をしよう。サウスロンドンはとにかくアクセスが不便な土地だ。2007年にオーバーグラウンドが開通するまでは、今よりもアクセスが不便だったため人の流れが活発でなく、ロンドンの中では比較的土地が安いエリアだった。一方その頃、2007年から2009年にわたって世界的な金融危機の影響を受けたロンドンでは、セントラルをはじめとしたエリア全域の不動産価格が急騰する事態に。パーティーシーンの中心であったイーストもその大打撃を受け、アーティストを含む多くの若者が同時期にサウスへと移り始めた。

 

2012年以降はイーストもサウスもほぼ同じ価格に落ち着いたが、それでもシーンはサウスへと移っていった。人々が流れついた先のサウスには、コンテンポラリーアート界の奇才・Damien Hirstや第62回グラミー賞にノミネートされたJames Blakeなど、英国を代表するアーティストを多く輩出した学び舎ことGoldsmithsがあり、日頃からアートに関心を寄せる若者たちが集っている。また、サウス周辺には主要道路から離れた倉庫やクラブも多く、ほかのエリアに比べ十分なスペースが存在した。つまり、アンダーグラウンドなパーティーやレイヴをやるにはうってつけの場所というわけだ。時には多すぎるほどの若者と郊外の広いスペース、この2つの要素が絶妙に組み合わさった結果、次なるシーンの舞台地としてサウスロンドンが選ばれたのだ。

 

 

深夜0時。Uberでテムズ川を越えサウスへと下ると、そこはしっとりとした倉庫街であった。周辺には自動車整備工場が建ち並ぶ景色からは、まさかここでこれからパーティーがあるとは到底思えない。その夜はちょうどハロウィンの翌日だったので、DIY感溢れるコスチュームに身を包んだグループやダークなメイクを施した客もちらほら集まり始めた。混沌とした景色は夜が深まるにつれさらに異様さを増していき、未知なるパーティーへの期待値も高まっていった。

 

 

エントランスを抜け、バーカウンターにてドリンクチケットと引き換えたビールを片手に、おそるおそるフロアへと向かう。扉を開けた瞬間、もくもくと立ちこむ甘い香りのスモークに思わず目が眩んだが、混沌と期待を抱きながら負けじとスピーカーのそばまで突き進んだ。郊外にもかかわらずフロアにはそこそこの人が入っていた。エクスペリメンタルテクノが流れる中、ワイヤー製の天使の輪を揺らしながら最前で踊るレイヴァーたちもわたしのようにUberではるばるやって来たのだろうか。なんてくだらないことを考えながら、彼女たちの姿に思わず見とれていると、天使のうちのひとりが「I love your tops」とはにかんだ笑みを向けてくれた。

 

 

野外の喫煙所では、鈍色の風景とマッチしているとは言い難いくらいかっこいい装いの若者たちが話に花を咲かせながらタバコを巻いたり、ビールの空き缶を潰したりとそれぞれが夜を楽しんでいた。フロアの隅では壁に響く重低音も気にせず熱烈なキスを交わすカップルたちの姿も。わたしが普段暮らしている東京の郊外では絶対に見れない光景だ。「どこまで行っても渋谷は日本の東京」とはよく言ったもので、日本の首都として様々なエリアを構える東京では、今夜のロンドンのようにエリア内でシーンが移り変わることはほとんどない。いくら土地が安くとも、東京のチベットと揶揄される足立区のような郊外で盛り上がるパーティーなんてないし、誰もが地元をレペゼンしながら渋谷のような都心の定番エリアに集まり続ける。きっと今頃渋谷の街はハロウィンの残骸で溢れているだろう、と故郷を憂いていたそのとき、耳覚えのある曲のイントロが流れ始めた。

 

 

曲の正体は映画『Trainspotting』の主題歌として世界的に知られる名曲、Underworldの「Born Slippy」。まさかロンドンでこの曲を聴けるとは…とひとり感動するかたわら、フロアからも歓声が上がっていた。聴き慣れたアンセムにもかかわらず、前週末の夜Thunderdomeで味わった高揚感とは別の興奮を覚えた。最後にこの曲を聴いたのはたしか、昨年の春WWW Xで開催されたパーティー「FREE RAVE」だった気がする。国もシーンのかたちも違えど、不変の名曲をレイヴで堪能できただけでさっきまでの杞憂も嘘のように吹っ飛んだ。曲が終盤に近くにつれ、だんだんとフロアから人の姿が消えていった。スーパーの閉店間際にかかる『蛍の光』を耳にしたときと似たような感情がこみ上げ、あんなに憂いていた東京がなんだか少し恋しくなった。ふとiPhoneを見ると、時刻は朝7時を示していた。東京に帰るフライトまであと残り24時間を切ったところで、パーティーは幕を閉じた。

 

 

この一晩を振り返るにあたり、パーティーを教えてくれた友人に少し話を聞いたところ、シーンの現状を教えてくれた。今回訪れたサウスロンドンでは、日頃からKamixlo、Oxhy、Covcoなどの名だたるアーティストが出演するイベントのほか、アーティストや関係者のInstagramだけで告知されるイリーガルなパーティーやスクワットレイヴも盛んに行われている。かつてイーストで築かれたシーンほどではないが、優れたラインナップの夜も豊富だ。しかしながら、政府や警察の取締りは一向に厳しくなるばかりで、会場の外にゴミが落ちてたという理由だけでパーティーを終わらせられたり、サウスだけでなく、ロンドン全体で老舗クラブの閉店が相次いだりとキツい一面もあるとのこと。厳しい状況下の中、それでもシーンが更新されていく理由について彼はこう語る。

 

「政府がクラブの閉鎖を推進したり、不動産価格が上昇したりとパーティーシーンは常に窮地に立たされている。今じゃほとんどのクラブが富裕層のためのものになり、お金稼ぎ目的の退屈なパーティーばかり増えてきた。それでも、ロンドンには多くのキラーミュージシャンやDJ、レーベル、ラジオ局があるし、クリエイティブな面白さは今も残っている。パーティーや音楽を取り巻くインフラ問題はあるけれど、シーンを維持するために人々は常に道を見つけようとしているし、あきらめることはない。たとえ困難な時期になったとしても、興味や関心を絶やさない情熱的な人々だけはい続ける…そんなシーンが続いていくことを願っているよ。」

 

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万物流転という言葉があるように、世の中は常に変化で溢れている。季節、テクノロジー、流行りのファッションや街中で流れるヒットチャート、人間関係、新型ウイルス。わたしたちが生きるこの世界には何ひとつ変わらないものなんてなく、すべてが猛スピードで日々アップデートされていく。そんな中、EU離脱という大きな変化に揺れる英国の首都・ロンドンのパーティーシーンも今、かつてシーンの中心地だったイーストからサウスへと移り変わりつつあるらしい。移ろいゆくサウスロンドンの中で見たある夜の思い出を写真とともに振り返る。

 

Text & Photo by yukinoise

 

 

パーティーに行く前に、まずは少しサウスロンドンについての話をしよう。サウスロンドンはとにかくアクセスが不便な土地だ。2007年にオーバーグラウンドが開通するまでは、今よりもアクセスが不便だったため人の流れが活発でなく、ロンドンの中では比較的土地が安いエリアだった。一方その頃、2007年から2009年にわたって世界的な金融危機の影響を受けたロンドンでは、セントラルをはじめとしたエリア全域の不動産価格が急騰する事態に。パーティーシーンの中心であったイーストもその大打撃を受け、アーティストを含む多くの若者が同時期にサウスへと移り始めた。

 

2012年以降はイーストもサウスもほぼ同じ価格に落ち着いたが、それでもシーンはサウスへと移っていった。人々が流れついた先のサウスには、コンテンポラリーアート界の奇才・Damien Hirstや第62回グラミー賞にノミネートされたJames Blakeなど、英国を代表するアーティストを多く輩出した学び舎ことGoldsmithsがあり、日頃からアートに関心を寄せる若者たちが集っている。また、サウス周辺には主要道路から離れた倉庫やクラブも多く、ほかのエリアに比べ十分なスペースが存在した。つまり、アンダーグラウンドなパーティーやレイヴをやるにはうってつけの場所というわけだ。時には多すぎるほどの若者と郊外の広いスペース、この2つの要素が絶妙に組み合わさった結果、次なるシーンの舞台地としてサウスロンドンが選ばれたのだ。

 

 

深夜0時。Uberでテムズ川を越えサウスへと下ると、そこはしっとりとした倉庫街であった。周辺には自動車整備工場が建ち並ぶ景色からは、まさかここでこれからパーティーがあるとは到底思えない。その夜はちょうどハロウィンの翌日だったので、DIY感溢れるコスチュームに身を包んだグループやダークなメイクを施した客もちらほら集まり始めた。混沌とした景色は夜が深まるにつれさらに異様さを増していき、未知なるパーティーへの期待値も高まっていった。

 

 

エントランスを抜け、バーカウンターにてドリンクチケットと引き換えたビールを片手に、おそるおそるフロアへと向かう。扉を開けた瞬間、もくもくと立ちこむ甘い香りのスモークに思わず目が眩んだが、混沌と期待を抱きながら負けじとスピーカーのそばまで突き進んだ。郊外にもかかわらずフロアにはそこそこの人が入っていた。エクスペリメンタルテクノが流れる中、ワイヤー製の天使の輪を揺らしながら最前で踊るレイヴァーたちもわたしのようにUberではるばるやって来たのだろうか。なんてくだらないことを考えながら、彼女たちの姿に思わず見とれていると、天使のうちのひとりが「I love your tops」とはにかんだ笑みを向けてくれた。

 

 

野外の喫煙所では、鈍色の風景とマッチしているとは言い難いくらいかっこいい装いの若者たちが話に花を咲かせながらタバコを巻いたり、ビールの空き缶を潰したりとそれぞれが夜を楽しんでいた。フロアの隅では壁に響く重低音も気にせず熱烈なキスを交わすカップルたちの姿も。わたしが普段暮らしている東京の郊外では絶対に見れない光景だ。「どこまで行っても渋谷は日本の東京」とはよく言ったもので、日本の首都として様々なエリアを構える東京では、今夜のロンドンのようにエリア内でシーンが移り変わることはほとんどない。いくら土地が安くとも、東京のチベットと揶揄される足立区のような郊外で盛り上がるパーティーなんてないし、誰もが地元をレペゼンしながら渋谷のような都心の定番エリアに集まり続ける。きっと今頃渋谷の街はハロウィンの残骸で溢れているだろう、と故郷を憂いていたそのとき、耳覚えのある曲のイントロが流れ始めた。

 

 

曲の正体は映画『Trainspotting』の主題歌として世界的に知られる名曲、Underworldの「Born Slippy」。まさかロンドンでこの曲を聴けるとは…とひとり感動するかたわら、フロアからも歓声が上がっていた。聴き慣れたアンセムにもかかわらず、前週末の夜Thunderdomeで味わった高揚感とは別の興奮を覚えた。最後にこの曲を聴いたのはたしか、昨年の春WWW Xで開催されたパーティー「FREE RAVE」だった気がする。国もシーンのかたちも違えど、不変の名曲をレイヴで堪能できただけでさっきまでの杞憂も嘘のように吹っ飛んだ。曲が終盤に近くにつれ、だんだんとフロアから人の姿が消えていった。スーパーの閉店間際にかかる『蛍の光』を耳にしたときと似たような感情がこみ上げ、あんなに憂いていた東京がなんだか少し恋しくなった。ふとiPhoneを見ると、時刻は朝7時を示していた。東京に帰るフライトまであと残り24時間を切ったところで、パーティーは幕を閉じた。

 

 

この一晩を振り返るにあたり、パーティーを教えてくれた友人に少し話を聞いたところ、シーンの現状を教えてくれた。今回訪れたサウスロンドンでは、日頃からKamixlo、Oxhy、Covcoなどの名だたるアーティストが出演するイベントのほか、アーティストや関係者のInstagramだけで告知されるイリーガルなパーティーやスクワットレイヴも盛んに行われている。かつてイーストで築かれたシーンほどではないが、優れたラインナップの夜も豊富だ。しかしながら、政府や警察の取締りは一向に厳しくなるばかりで、会場の外にゴミが落ちてたという理由だけでパーティーを終わらせられたり、サウスだけでなく、ロンドン全体で老舗クラブの閉店が相次いだりとキツい一面もあるとのこと。厳しい状況下の中、それでもシーンが更新されていく理由について彼はこう語る。

 

「政府がクラブの閉鎖を推進したり、不動産価格が上昇したりとパーティーシーンは常に窮地に立たされている。今じゃほとんどのクラブが富裕層のためのものになり、お金稼ぎ目的の退屈なパーティーばかり増えてきた。それでも、ロンドンには多くのキラーミュージシャンやDJ、レーベル、ラジオ局があるし、クリエイティブな面白さは今も残っている。パーティーや音楽を取り巻くインフラ問題はあるけれど、シーンを維持するために人々は常に道を見つけようとしているし、あきらめることはない。たとえ困難な時期になったとしても、興味や関心を絶やさない情熱的な人々だけはい続ける…そんなシーンが続いていくことを願っているよ。」